第一試合は木の葉と砂の忍の対戦だったが、砂の忍が勝ち上がった。
第二試合は無事にウマイが進出した。相手も幻術と水遁を得意とする期待の霧隠れ下忍だったそうだが、お生憎とクシナ班には幻術と水遁の特訓相手が居たので、ウマイはうまく躱していた。結果、拳で勝ち取った勝利であったので、会場はとても湧いていた。
最も、勝ったから合格というシステムではなく中忍としての能力を発揮できるかどうか、それを問われる試験。ヨナガはもう勝とうが負けようが全力を出し切るべきだと頭を切り替える。
(大丈夫、私は頑張れる)
決意もあらたに癸の羽織を身にまとえば、体内でカカシのチャクラがとくんと脈打ったように感じた。
第三試合の合図に、ヨナガとネギマは試合場へ向かい、互いにしっかりと顔をみて人差し指と中指を立てる印を見せあった。
「試合開始!」
途端、視界いっぱいに血みどろのゾンビになった同期たちが現れる。仲の良いミナト班の三人だけでなく、紅やアスマといった面々も現れてヨナガへ向かってくる。
「き、キモチワル!」
すぐさまヨナガは目の前のオビトをふっ飛ばし、術者であるネギマの喉元へ切りかかった。
するとパっと現実世界の、向き合ったままの場所に戻ってくる。
「幻術合戦か」
動かない二人に試験官がぼやいた。確かに見ていてつまらないだろう。パッと見は二人とも微動だにしていないのだから。
(いや、そんなこともないのか)
ヨナガはネギマの右足が一歩下がっているのを見つけ、微笑んだ。驚いて動いてくれたから、余計に簡単に幻術を解くことができたようだ。
「僕が幻術だけじゃないって知ってるだろう?」
「分かってる!」
印を結ぶ速度は、ほぼ同じだ。
「火遁・炎弾!」
「土遁・土陸返し!」
印で火遁がくることは分かっていたのである程度防ぎ、癸の脇差を手に飛び上がる。上空から勢いをのままに斬りつけるも、一撃目は直線なので避けられる。
それは勿論想定済みで、そこから引っこ抜くように刃を返して、下から上へと斬りつける。ネギマの顎にツーっと血が伝っていった。
「おいおい、二人とも本当に下忍だよな?」
「どっちも取得難易度Cランクだぞ」
「いいぞ!癸姫!」
「癸は水と土か…火遁の子はかわいそうだな、頑張れ!」
大人たちの悲鳴のような声が聞こえる。位置取りの関係で見えた客席には並んで座るクシナとミナト、その後ろにカカシが居た。落ち着いて見ている彼らの直ぐ側にはウマイも居る。
(だいじょーぶ)
「秘術」
印を、結ぶ。結び慣れたそれは、一切無駄なく、素早く、美しく、緻密で正確。クシナ班の三人が理想とするもの全てを秘めて組まれる。
戌、申、酉、申、子、申、戌、虎。
「癸、紺碧の新月!」
脇差をまっすぐネギマへ向けると、どんどんと輪郭がぼやけていく。両手で握っていた柄を離さず両手を左右へ広げれば、一本だった脇差は二本に分裂する。
くるくると構え直すそれだけで、不思議な旋律が鳴り響いた。
「…癸の秘術か!はじめて見るよ、ヨナガ!ずるいな君は!」
「全力で行かなくちゃ失礼だからね!」
笛のような音をたてる脇差を使って、攻撃を当てようとするのではなく敵の近くへ寄りながら舞う。手首を返し、上へ下へ、好きな方へ周り、足は軽くリズムを刻む。
時折クナイでネギマが応戦するが、互いの刃が交わるその度にピチャピチャと水しぶきがあがる。
「その脇差!水分身か!」
「ご明答です!」
切っ先を無理やり大きく回避したネギマが後方へ飛び、空中で印を結んでいく。流石に遠すぎて何がくるのか見えない。
「火遁・煙幕烈風!」
「っく!水遁・水障殻」
竜巻状の炎にとっさに水の鎧を纏い、焼かれこそしなかったけれど顔が熱い。
着地と同時に続けざまに印を結ぶネギマが視界に入った。最初と途中のいくつかの印が見えた。
「土遁・岩鉄砲の術!」
避ける余裕がない。ならば!
「雷遁・雷撃!!」
脇差を振りかぶった勢いで雷の塊を飛ばす。
「なんで!!3つ目の性質変化!?」
恐らく水遁メインだと読んだネギマが土遁の印を組んだのが見えたあの一瞬、ヨナガは自分の中で脈打ったチャクラを感じた。今だ。そう言われたような気がした。
足にチャクラを集めて雷を追いかけるように走り、辛うじて火遁で防戦しているネギマに斬りつける。今度こそ癸の舞が決まり、ビシっと鼻先に脇差を向け止まった。
「そこまで!勝者、癸ヨナガ!」
ドッと会場が湧いた。ウマイの時と同じくらいのわき方に、転んだネギマに手を差し出しながらヨナガはにっこりと微笑んだ。お互いに全力で、隠していた手の多さが勝敗を決めただけだ。
覚えている忍術の数も精度もネギマにはまだまだ敵わない。ヨナガは自分が合格できるならネギマも合格できるだろうと感じた。
「参ったよ、ヨナガ。完敗」
「私のは…まあ、心強い味方が居たってことで。」
「ああ、あいつ?」
ネギマが見上げた先を追わなくても、ヨナガは誰のことを言いたいのかはっきりと分かっていた。
カカシは試合中、なんど立ち上がりそうになったか分からない。任務がちょうど終わらせられたことで、どうにかクシナ班の最終試験は見に来ることができた。朝会いに行ったのは、万が一任務が長引いて応援に来れなかった場合を思ってだ。
まさかネギマと一試合目から当たるとはカカシも思っていなかった、否、まさかという思いだけはあったが、本当になるだなんて夢のようだ。
「煙幕烈風!」
火遁の得意なネギマに対して、ヨナガは水遁が得意だ。簡単な力関係で言えば苦戦する相手ではないけれど、そこは本人が言っていたように大量の水を呼び出すにはチャクラを消費するという欠点がある。
慌てて身にまとったらしい水の鎧に、彼女のチャクラはかなり消費さてしまったことだろう。
(今、今こそ…オレのチャクラが!)
ヨナガにもっと早く、自分のチャクラを応用するよう伝えておけばよかった。火遁でやけどを負っても、医療忍術で綺麗に治ることは分かっているけれど、傷つくところを見たいわけではない。
(ヨナガ!)
次の瞬間、ヨナガが結んだ印にカカシは見覚えがあった。身に覚えがあった。こっそり特訓している雷遁、よく似た印をカカシもいつも結んでいる。
「雷遁・雷撃!!」
ヨナガが雷遁を放ったことで一瞬にして場内の上忍たちがどよめく。それはそうだ。癸の一族といえばそもそも中忍にはめったになろうとしない。戦っているところを見るのが珍しい上に、まさか水と土に加えて雷まで使ってくると誰が思っただろうか。
クシナだけはヒヤヒヤしているという顔で見ているが、その隣のミナトは楽しげだ。
最も、会場の男性陣が沸き立ったのは、その後のヨナガが見せた剣舞の方だろう。
本人は気づいていないのだろうけれど、上から見ると戦闘で着崩れしはじめたヨナガの胸元がかなり見える。とても見える。絶景と言っても過言ではない程に、見える。
「癸姫の剣舞だぞ!」
「祭り以来だな!」
「これは合格だろう!」
どういう意味の合格なのか気になるところだけれど、カカシとしてもこれは合格であるし、なんなら同時に失格でもある。
そんな男性陣の鼻の下には気づかず、ヨナガはネギマと共に誇らしげな表情で客席へと上がってきた。
「お疲れさん」
「カカシ!見てた!?」
楽しげに笑うヨナガにカカシがひとつ頷けば、楽しげに笑みを深める。そんな彼女が自分のものになるかもしれないだなんて、未だに実感はわかなかった。
別件ではあるが、後日、誰かが絵師に頼んだらしいこの試合の剣舞をモチーフにした絵画が、とんでもない高値で行き交うことになる。
癸ヨナガ、十歳にして中忍試験に合格した。
2019/05/27 今昔
忍術は基本的に関連書籍やアニメに出てくるものを使っています。癸のものは全てオリジナルです。
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