「無限乱舞?」
カカシがそう問えば、大婆様の口は重々しく開いた。
昔、この里が生まれるよりも遥か彼方昔のこと。
ある女性がある男性と恋に落ちた。男性は勇ましく、頼まれて闇を狩ることを生業としていた。
女はその男性をよく支えた。料理をし、真心をこめ接し、歌や踊りで癒やした。男性のために何でもよく学び、披露した。そして望まれれば体をあけ渡した。
しかし男性はその女性の献身の上にあぐらをかいた。女性が身籠った時、他の女を抱いたのだ。
それに気づいた女性はその男性のチャクラをすべて吸ってしまったそうだ。
そして友人の手を借りて、その男性のチャクラを体内へと保管することに成功した。
その女性こそが初代の癸(みずのと)であり、友人というのがうずまきの祖である。
「つまり、ヨナガに手を出した以上、浮気は許さんぞということだ。」
「えっと…」
そもそも。ヨナガと恋仲になったなどという事実はない。ミナトとクシナの疑り深い視線が辛い。
「今でも癸では、伴侶を裏切った者には手足をもぎ取っても良いという掟がある」
「「怖っ」」
ミナトとカカシの声が被った。
一人だけ冷静なクシナが、ちらりとヨナガを見て続ける。
「で、その初代の癸当主様が作ったとされる能力が、ヨナガに?」
「その通りじゃ。二人のような上忍と呼ばれる者ならば見えるだろう、ヨナガの中に居る別のチャクラが。よぉく見てみるだね」
言われ、カカシもミナトも目を凝らす。
ヨナガのチャクラは血流に綺麗に乗っているような、滑らかでサラサラとしたものに見える。しかしその中にほんのポツリと、ぱちりと弾けるような性質が混じりこんでいる。
(確かに俺のチャクラ…?)
「この血継限界は誰にでも現れるものではなく、癸が木の葉と共に在るために掲げた条件でもある」
「条件?実験体にでも差し出すのですか?」
大婆様はクシナの問に、ガハハハと大きく笑った。
「ヨナガには、里で最も強くなるであろう者と番になってもらう。そういう決まりごとだがね。しかし、このチャクラの呼応能力は誰が相手でも良いわけじゃあない。そのはたけカカシという坊だったからこそ呼応した。」
「チャクラの相性が良いと?」
「本人たちの心が多少なり触れたのだろうね。心と体が同時に触れ合う時にだけ、チャクラのやりとりが行える。そういう能力だがね」
とどのつまり…
「俺にヨナガと結婚しろと?」
「カカシの坊にはまだ早かろうて。そこで火影に話をつけてきた。戦場でこそこのチャクラの呼応能力が発揮される。極力同じ任務にあたらせろと伝えたのだがね。」
独特の口癖に、カカシは辟易した。ヨナガはいつも通り、何を考えているか分からない、一見すると真面目な顔でただただ座っている。
自分と、はたけカカシとそんな甘い関係になることに抵抗はないのだろうか?
ヨナガだって大婆様だって、そしてヨナガの両親だって、カカシの父の話は知っているはずだ。大人たちははたけサクモの話を知っているはずだ。
じっと見つめていると、ヨナガと目があう。
「私は、カカシのことは大事な友達だと思っているし、嫌いじゃないから、一族の掟に従う。それに今後生きていく中でカカシ以上にチャクラの相性が良い相手が見つかる可能性だってある。八十年ぶりの無限乱舞の能力者だもの、多少の融通はきくと思うから。」
「…掟、ね」
「そう、掟。私が今守るべきルール。だから、カカシも嫌になるまではよろしくね」
ヨナガの言葉尻を叩き潰すように、大婆様が床をドンと叩いた。そして御老体からは考えられない速度で印を結ぶ。
この人も元忍なのだろうか。
口寄せされたのは大きな巻物で、独りでにふわりと広がっていく。
その中には血で書かれているのだろう、癸姓の女性の名前と、その横に男性名が書かれている。二箇所だけ、女性ひとりに対して男性二人の名前が書かれているが、片方は黒い墨で大きくバッテンされていた。
「ヨナガ、ここに名前を書くのじゃ。」
「それは…うずまきの封印術ですね」
「クシナも聞いたことがあろうだろうね。これこそが初代様から代々相談役が引き継いできた巻物だ。一族から抜け出そうとすれば呪いが発動する。他人のチャクラを倍増して保管するなど危険極まりない術、逃がすわけにはいかぬからだろうね」
ヨナガが懐から大きめの針を取り出すと、左手の親指をぷっすりと刺した。針に滴る血で、丁寧に名前を書いていく。
文字の完成度に納得が行かなかったのかムスっとした顔をみせると、カカシにも使うか?と聞くように針を差し出してくれた。せっかくなので受け取り、ヨナガの横に名前を書く。
「カカシ…もうちょっと躊躇っても良いんだよ?」
ミナトが驚いたように言うが、カカシはちらっと振り返っただけで書き続けた。
「ヨナガが一人で背負うにはスケールが大きすぎる話だと思います。それに…俺のチャクラを貯めてくれるっていうなら、当然今度の試験も受かってくれるでしょうし。」
これが癸の「掟」だというのなら、従わなくてはならない。だって忍にとって大切なものだから。
それに、あの一人の家へ帰る心もとなさも、誰かの無二の存在になることで解消されるような気がしたから。
先人たちよりも細い文字でかかれた二人の名前は、とても頼りなく見えた。
2019/05/27 今昔
加筆修正
というより、昔書いたものをプロットにほぼ書き直している気がします。
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