ヨナガはカカシたちと別れ、両親に見せるために中忍試験の申込書を手に握ったままで癸(みずのと)の門を潜る。
この時間帯ならすでに提灯が灯され、飲み屋や飲食店を中心に賑わい始めていることだろう。癸の町はお酒も食べ物も美味しい…と思うのは身内びいきだろうか。

初代様が化けたと言われる蛇を模した石像を通り過ぎると、ヨナガは違和感に立ち止まった。
店は開店していないどころか、普段なら見かける癸以外の人が見当たらない。視界に入るのは皆、癸の普段着である浴衣のような着物で、そしてその誰もが店じまいをして家の中へ入っていく。


「なにこれ…」


訳が分からずぼんやりと眺めていると、一般の人たちは誰も居なくなってしまった。
代わりに前方から五人の大人が歩いてくるのが見える。ヨナガの両親に左右を固められ、その更に左右後方には元忍である一族の人が居る。


「ヨナガ、帰ったか」

「大婆様。こんばんは」


癸の長から相談役として代々頼りにされている、大婆様。うすく癸の証でもある水色が混じった白髪に、小さな背丈。大婆様はヨナガの前にヨナガの両親やお付の人たちを数人連れて現れた。
明らかにヨナガに用事があるのだろうという場所で止まると、大婆様は自らの肩をトンと叩いてみせた。


「ヨナガ、お前、誰かに……チャクラをもらったね」

「今日は衣装忍術などは受けておりません」


言い返すと、ヨナガの母は切なげな顔で首を横に振った。大婆様にすがるような目を向け、けれど喋らず、続きはまた大婆様の口から飛び出した。


「お前さんに触れた忍が居るはずだね。」

「はい、訓練をしておりましたので、誰かしら触っているとは思いますが…なにか問題があったのですか?」

「お前さんは長の娘。つまりは初代の長から連なる直系の娘。いずれこうなる可能性はあったのだがね。」


ヨナガが首をかしげると、大婆様はもう一度肩を叩いた。


「癸一族の血継限界『無限乱舞』を開花させたようだね」

「むげん、らんぶ?」

「今、ヨナガ、お前さんの中には己のチャクラ以外にも別人のチャクラが取り込まれておる。試しにこれにチャクラを流してみるのだね」


大婆様がそう言うとお付きの人が小さな紙切れを手渡してきた。期待が混じった視線に、ますます訳がわからない。


「今更チャクラの性質検査ですか?私は以前、紙が消えたので偏りがないと言われたはずですが…」


言いながら、もう一度流す。

クシャ


「「「…!」」」


大人たちが息を呑むのがわかった。
大きくシワが寄った紙は、はじめてこれを使った時と同じように末端から消えていく。幻術のように、チリになるわけでもなく消えていった。

問題があるとすれば


「雷の性質をもつ者と繋がったのだね」

「今日…触れたであろう人の中で性質変化をしっかり把握していそうな人は一人しか
居ません。しかしチャクラが交じるとはなんですか?」

「血継限界『無限乱舞』は特定の相手からチャクラを少量受け取ると、そのチャクラを体内で量産し保管することができる能力だがね。…初代さまから数えて、ヨナガがちょうど十人目の能力者だね」

「たったの十人…?」


古く、忍の起源よりもずっとずっと昔から続くと言われる癸で、たったの十人。
ヨナガは確かに雷に偏ってしまった自分のチャクラを目で確認させられ、ふと目を閉じてみた。

自分の体内を巡るチャクラをしっかりと感じられなければ、忍術は使うことができない。アカデミーで習った通りに感じれば、優しくも鋭いチャクラが感じられる。水の流れのごとく流動的で滑らかな自分のチャクラとははっきりと別物だとわかるソレ。
最近よく会う、彼のチャクラに酷似している。


「カカシ…?」

「火影様に連絡するのだね!これはもはや里の一大事だがね!」


大婆様の呟きに元忍だった二人が瞬身の術でどこかへ行ってしまった。


「わしもババアだがね、木ノ葉の噂くらいは耳にする。祭りの警護にも居た、白い牙の息子だね?」


ヨナガの脳裏に、普段は決して鋭いとは言えない三白眼が思い出された。









ヨナガが大婆様に話をされた翌日。
すでに火影へと連絡が通り、張本人たるカカシと担当上忍であるミナト。そしてヨナガの担当であるクシナは癸の門をくぐった。

門からまっすぐに伸びる道は繁華街のようになっており、飲食店や雑貨屋、薬種問屋などが並ぶ。道を少し横へ入れば隠れ家的な雰囲気の漂う飲み屋も多い。
町の両側は山肌になっているため、その山の斜面を利用し山に食い込むような作りの住宅も見える。

そんなアンバランスな町並みは、やはりカカシに「開放的だが内向的」というイメージを与えた。


「それにしても、火影様を通して大婆様からの呼び出しだなんて、珍しいこともわるわね」


クシナが赤い髪を整えながら言うと、ミナトが苦笑し答えた。カカシから見ても、二人はなかなか良い関係であるように見える。


「そうだね。そもそも癸の一族は誰もが武にも芸にも秀でているから、護衛も身内の元忍で賄うことが多い。警護がうちはなら観光は癸。」

「だからこそ、今回私達が呼ばれる理由がさっぱり分からないんだってばね」


ぐちっぽく言いながらも、癸の長の屋敷へたどり着いた三人を代表してクシナが呼び鈴を押した。

案内にと男性が一人出てきたが、カカシには見覚えのない人だった。癸の家紋が入った羽織にじっと目を向けると、男性から「自分はこの家の護衛なんです」と自己紹介された。
造りのしっかりした廊下には時折掛け軸がかかっている。墨だけではなく色のついた絵の具も交えて文字が、風景が、人物が描かれている。中には風景の中に文字を溶け込ませた抽象的なものあった。

三人は客間にでも通されるのかと思っていたが、案内の男性に連れられてきたのは板の間の道場のような部屋だった。


「失礼します」


護衛だと言った男性が障子を開くと、中には髪の毛を簡単にまとめたヨナガがいた。いつもの忍服ではなくて、私服なのであろう癸の家紋が入った留め袖の着物で、下はスカートのようになっている。
柔らかそうな布を翻しながら大小様々な筆をふるい、床にドドーンと置かれた一畳ほどもある半紙に絵を書いている。廊下に飾ってあったのはヨナガの作品なのだろうか。


「あれ、テツさん…大婆様のお椅子を出しておいてくれない?」

「いやいや、来客なんだからさっさとそれ仕舞って自分で出してくださいよお嬢様」

「インスピレーションが散り散りになっちゃうでしょ。黙って準備して、お願い」


男性は半紙から一切目をそらさないヨナガに根負けしたのか大きなため息と共に、どこかへ椅子を取りに向かったようだった。

ミナトはヨナガの邪魔にならない程度の距離に座ったので、クシナとカカシもそれにならった。


「多分この後、大婆様から火影様と取り決めたことを伝えられると思います。」

「この絵から感じるチャクラ…ヨナガ、君に一体なにがあったんだい?」

「……これは、恐らくですがクシナさんのことと同じくらいの極秘事項になります。この絵は私からみた…カカシのチャクラのイメージです」


言われて気になり覗き込むと、半紙の四辺には水色や黄色、緑色の流線が多く、中央にはじぐざくと直線が多く色味も黄色や白っぽい色が増える。その中央には黒や灰色の陰影で描かれたカカシであろう立ち姿が描かれているようだ。
というのも、その立ち姿の角度では人物の顔が見えないし、まだ書き途中なのでカカシには自分であると判断はできなかった。

決して上手なわけではないのだろうが、力強い絵だと感じた。


「癸は習い事として書道や華道、絵心に料理、一通りの家事も習います。それにも理由があったんだって、私も昨日知りました」

「…ヨナガ、私があなたの担当上忍になったのは、多分それが理由よ。」

「うずまき一族…封印術の一族だからですか?」

「そう。あなたのその能力も封印術の一部だと思うから」

「じゃあ


一通り満足したの筆を置いたヨナガが続けようとすと、奥の障子がピシャリと開いた。
椅子を自分で抱えた老婆がやってきて、よっこいせと座る。これならあの男性に椅子を運ばせようとする理由はなかったのではないだろうか。


「はたけカカシ。」


老婆の見た目にそぐわぬ、思いの外きれいな声だった。


「はい」

「お前はこの癸ヨナガが好きかね?」

「…はい?」

「癸ヨナガを愛し、互いに尊敬しあい、生きていくことはできそうかね?」


突然の内容にカカシたち三人が固まると、大婆様!!とヨナガの大声が響いた。歌も生業とする一族なだけあって、声量が大きい。


「うずまきクシナよ、ヨナガがお前さんに弟子入りするよう火影へ口添えしたのはわしだがね。」

「やはり…私も幼い頃聞いたきりなので詳細は知りませんが…




 血継限界『無限乱舞』の能力者が生まれたということですね?」









2019/05/27 今昔
加筆修正




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