ヨナガは訓練場の中でカカシの気配を探っていた。
クシナ班とミナト班の合同訓練は、初回からずっと勝ち越しているものの、ミナト班の連携がうまく行けば苦戦することになる。ヨナガとカカシの一騎打ちになることも多かったが、そこは訓練なので、今回はネギマに倒してもらおうと思う。


「(私から見て二時の方角)」


ハンドサインでネギマに合図を送ると、ウマイが重ねた両手の上にネギマが足をかけた。
ウマイがチャクラを練って勢いを付けると


「飛んでけえええええええええ!!!!」


発声と共にネギマを投げた。一瞬気を取られたカカシを至近距離で幻術にかけることに成功したネギマは、破られないようにすぐさま物陰へ隠れる。


「カカシ!!やられてるじゃねえか!!」


思わず飛び出してきたらしいオビトをウマイが捕らえ、カカシをどうにか幻術から解き放たとうとしたリンをヨナガが単なる体術で抑える。女の子同士なら体術で負ける気はしない。


「そこまで!」


ミナトの声にクシナ班はそれぞれの術を解き、さっと上忍の前へ集合した。やや遅れてくるミナト班はそれぞれが悔しそうな表情だった。


「ネギマの幻術の精度が上がってるね」

「当たり前だってばね!最近、心理学の本を読んでより効果的な痛めつけ方も学んでもらってるからね。ウマイは力だけじゃなくてスピードがついてきた」

「リンは他人のカバーに入る余裕ができてきたね。オビトは焦らなければやれるのに…」


褒められた三人は嬉しそうに、オビトは照れくさそうに。それぞれの笑顔が映える。


「それからカカシはヨナガに気を取られすぎだよ。有名で強い忍は囮としても有効だ。気を向けるけど取られすぎるのは駄目だ」

「ヨナガは取得難易度Aランクの風遁にも手をつけたいわね。カカシとの一騎打ちで負けないためにも!」


互いを意識させるような発言に、二人は返事をしながら目をあわせた。
良きライバルであることも、仲間として連携が心地よい存在であることは、今までの訓練や合同任務で分かっている。


「そこで。私たちクシナ班は初の、リンとオビトはリベンジの中忍試験の申込書を持ってきたってばね!」


クシナから五人へ、紙が渡される。
中忍試験 申込書 と書かれたそれには注意事項などが書かれていて、生半可な気持ちでかかれば怪我どころでは済まないというような内容まである。


「出たい人は一週間後のお昼までに担当上忍へ渡すように。忘れたら受けられないから注意だってばね」


今日は解散というミナトの声で、ネギマとウマイはオビトを誘ってご飯を食べに、リンは両親に呼ばれているからと立ち去った。
ヨナガは皆を見送りながらも申込書から目を離せず、立ちすくんでいた。


「どうしたの?」


カカシに横から言われ、ふっと顔をあげると、クシナやミナトもこちらを見ていた。
ヨナガにとって、癸の一族にとって、中忍試験はひとつの節目であった。


「あの、クシナさんなら知ってますよね。私たち癸のこと…」

「ええ。もう癸の大婆様(おおばばさま)から火影様へ連絡が来ているわ。『癸は武芸に富むが、両立はさせない。中忍になれるのは武を志す者のみ』と、念を押しにね」

「両立させない?」


カカシの問いかけるような発言に、ヨナガは重たい口を開いた。


「癸の人はね、芸事を極めて売りにする芸人になる人が多いの。そしてその人達は忍との両立はできない。護衛の数を減らすためにアカデミーに入ったり、下忍になってみる人も居るけど…巡業に出たら任務どころではないから。」

「なるほど。その節目が中忍試験ってわけ」


察しの良いカカシはひとつため息をつくように言った。
受けたところで受かる保証はないのだが、そもそも芸事を極めるなら試験を受けることは許されないだろう。落ちたので芸人になりますだなんて曖昧な気持ちでは、きっと芸人は務まらない。


「俺は、ヨナガなら受かると思うけど」

「えっ」


カカシの言葉に、ヨナガは今度こそパッと顔をカカシへ向けた。


「私…カカシみたいに強くなれるかな?」

「いや、今も個人技の成績なら…『まだ俺のほうが強い』ってくらいでしょ。芸人として生きるなら止めはしないけど、勿体無いと思う。里を守るために、優秀な人は戦線に立つべきだ」


そう言ってカカシの手がヨナガの右肩にのった。励ますようなそれに、フワリと心も体も軽くなるのを感じる。

芸人として生きるのなら、歌と踊りで、得意の剣舞でカカシたち同期を鼓舞し続けることになるだろう。もしかしたら残されて泣くことになるかもしれない。
忍として生きていくのなら、常に死を覚悟し、別方向から里を守らなくてはならない。戦場で、間近で。仲間の死を見送らなくてはならないかもしれない。

けれどカカシたちの班から「中忍試験はスリーマンセルでなければ受けられない」と聞いてしまっている以上、乗り気なネギマたちのためにも出ないわけには行かない。下忍のまま働き続けるというのも中途半端で、みんなに失礼だと感じる。


「私…」


右肩からカカシの体温と、それから穏やかに生命活動で放出される程度のチャクラが心地よい。


「どんな形でも良いからカカシの…クシナさんや班員のみんなの力になりたいよ。それが多分、私にとっての『里を守る』ってことだから」

「それは、中忍試験受けるの?」

「うん。きっと芸事は、趣味としてお金をもらわない範囲でも続けられる。だから私は、まずはカカシに追いついてみるよ!」


大きくなってから見返すと、この時のやりとりはなんて可愛らしいんだろうと、ヨナガは思う。
ただただ、クシナ班の皆と、ミナト班や同期のみんなと、離れ離れになる可能性なんてものは、これっぽっちも頭になかったのだから。






2019/05/24 今昔
加筆修正




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