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サシャに教わった薬草で匂いを消した焼き魚、菜っ葉を中心にあつめたサラダに、穀物の粉を丸めて焼いたパンもどき。スレイヤーたちには十分な報奨が与えられる予定ではあるが、それでも今現時点での食事は自給自足であった。

サナはこんがり美味しそうにやけた魚を一口かじると、「おいひい」と思わず呟いた。左横からリーンハルトの「お行儀が悪いよ」という言葉が聞こえたが、本当に意図せず口に出てしまったのだからしょうがない。リーンハルトやジャミ、サシャ、クロービス、そして釣りの後で合流したレジェンドラ帝国の王子ラーカムと従者のディルで1つのチームを作っていた。彼らと共に個室代わりとなるテントを円形に立て、その一角を出入り口として空ける。その出入り口から若干離れた場所が夕食の場となった。
なんでも知っているサシャに、ある程度のことは出来る器用なディルが加わったことで、サナのチームは随分と優雅な夕食になったと自負している。アステルの方も頭脳派であるらしいマティアスが頑張っているようだが、先ほどちら見した限りでは採れた魚もこちらの方が多そうだ。

勇者と奏者で競っている場合ではないのだが、いかんせん仲が良いわけではないというのが邪魔をしている。


「このお魚、美味しいですね」

「口元に焦げがついてるぜ」


リーンハルトに怒られないよう飲み込んでかれ言うと、今度は反対の右隣からジャミに口をだされた。過保護な連中にサイドを固められてしまったなと思って口元をぬぐってみる。しかしどうやら魚の皮のおこげは取れなかったらしく、リーンハルトの手が伸びてきて口元をぬぐった。
彼の親指が、ふわっと舌唇をかすめた。


「……おい」

「ははっ、怖い顔をしないでくれよ。我らの可愛い姫に世話をやいているだけさ」

「可愛い姫、ねえ。」


口元を拭われたことが気に食わないのか、不機嫌そうにジャミは残りの魚を平らげた。痩せ型に見えるのに、案外食べるらしい。サナが焼き魚を一匹食べる間に魚二匹とパン1つは完食したようだ。
元より、街に居た頃は他の者と食事をともにするということも少なかったうえに、稀に男性と共に食事をする機会があったとしても催事が多かった。大抵は決められたものが決められた量で出てくるので、過去のことは参考にはならないだろう。もしかすると、平均的な男性はこのくらい食べるのかもしれないが、サナにとっての基準が無いので検討もつかない。

ある意味、サナにとって「男性の行動」の指針となるのはジャミとリーンハルトがはじめてなのだ。
その様子を見ていたラーカムが、焚き火の反対側から声をあげた。


「奏者、お前の保護者はよほどの世話焼きなのだな」

「ええ、本当に。確かに宮廷で必要とされるような行儀を習うには良いかもしれませんが……ラーカム様の従者さんはいかがです?」


サナがちらりと視線をやれば、ディルがにっこりと微笑んだ。
皿に魚を移して骨を取り除いてやっていたディルは、皿を隣に居たラーカムへと渡すとこちらへ向き直る。その拍子に背後に置かれてた何かのケースに目がいった。形状はヴァイオリンにも近いように見えるが、あの膨らみはマンドリンのようでもある。


「あれ?もしかして俺が気になる?」

「強いていうなら、貴方が背後にかかえている楽器がずっと気になっていました」

「ああ、リュートっていうんだ。」


すでに食べ終えていたらしい彼が取り出したのは、サナが知るところのギターやマンドリンに近い、木でできた細身の板に弦を張った楽器だった。ディルが開放弦のままで奏でた音だけでも、儚げな曲が似合いそうな美しいものである。
サナは持っていた皿を置くと、ぐっと身を乗り出した。


「ディルさん、あの、その楽器……リュートをですね、本当に、本当に少しで構わないのですが」

「ははっ!好きなだけ触って良いよ。嬉しいね、こんなに興味を持ってくれるなんて」

「ありがとうございます!」


意気揚々とディルの隣へ移動して、実際に触らせてもらう。チューニングを整えてもらい手にとると、長年愛用していた木製楽器ならではの手触りがした。
試しに開放弦を弾いてみるが、やはりディルと同じような深い音は出せない。それでも一応と、運指を聞いて簡単にコードの説明を受けた。


「そうそう、筋がいいね。簡単な動揺だったら演奏できそうだ」

「このコードだけで出来る曲ですか?」

「ああ、レジェンドラの動揺なんだけど、弾いてみる?」


ディルにリュートを返すと、彼は軽くといったような力の入らない様子で歌いだした。しっとりと、彼の声によくあった曲調でサナは聞いていて涙が出そうになる。彼がこの曲の情景を上手く歌にのせているのだろう。サナの中にも一人で月を見上げるような、切ない思いがぶわっとこみ上げてくる。
すぐに終わってしまったことが勿体無いくらいの曲に、サナは惜しみなく拍手を送った。照れたディルに楽器を渡してもらうと、サナの脳内にも様々な曲が浮かんできた。


「今のコードで演奏できそうな曲があります。」

「お、それはぜひ聞いてみたいね。いけそうかい?」

「はい」


サナはポロンと短く響きが終わるような単音で、演奏しはじめた。
すっと息を吸うと、空気中にある魔力の源になる何かが体内を駆け巡り、それが声と混じり合って出ていくように感じた。







05:不思議な歌







隣から消えた温もりに、少々の味気無さを感じながら聞いた曲は、ジャミの心にもほんの少しだけ何かを残したように感じられた。ディルの歌は嫌いじゃない。そう言ってやっても良いかもしれないと思ったのだ。
ところがどうだ。続けて歌い始めたサナの歌。

エルフたちが歌うような、少なくとも自分やサナのヒュム族の音楽ではなさそうな、神秘的な和音進行の楽曲だ。単音が続いたかと思えば時折重なりが生じ、そしてまた単音に戻るシンプルな構成でありながら、そこに重なるサナの歌声とよくマッチした、深い森の中にいるような気持ちにさせられる歌だ。
それこそ、今此処はエルフたちが住まうステラミーラだったろうかと錯覚するほどだ。そもそも言語も普段の会話に使うようなものではなく、どこかの古語であるようだ。


「凄いな」

「ああ」


人一人分の間を詰めながら、隣からリーンハルトが応じた。
リーンハルトもまた、サナの歌声を心地よさそうに聞き入っている。こういったことには興味がなさそうに見えるクロービスも、どちらかといえば古語に興味を持ちそうなサシャも。ディルのハイクオリティな歌を聞き慣れているであろうラーカムですら、今はサナの虜だ。

しっとりと歌い終えたサナに、今度はディルが惜しみない拍手を送った。


「素晴らしいな、レースを追えたら城に楽師として住まうか?」

「ありがとうございます、ラーカム様。お言葉だけでも嬉しいです。」


楽しそうにサナとディル、ラーカムが話をしている。音楽の話にしっかり着いていけるのはディルのようで、ラーカムはめっぽう聞き役かつ質問係といった風だ。自分ならば、その程度の話に着いていけるだろう。

ふと、そこまで考えて思う。
なぜ彼女の話についていく必要があるのか。所詮レースが終われば自分は里へ、彼女は街へと帰るだけ。奏者とスレイヤーという、此処にいる他の男たちと一切変わりない関係性だ。
ただ少し、商業を担う者以外は滅多に街から出ない蝶の一族と聞いて、珍しく思っただけだ。そして自分たち蛇とよくにていると思っただけで、そこに他の感情が介入する余地はない。


「随分と熱心に姫を見ているね。穴があいてしまうよ」


リーンハルトの苦笑いに顔を向けると、彼もまた笑うサナを見ていた。


「ククッ、人のことは言えないんじゃないのかな、騎士団長様」

「君ほど熱心ではないさ。ただ、蝶の一族が持っている能力が気になっていただけで、彼女自身に興味は無かった。そう、『無かった』というだけだ」

「なるほど、『無かった』ねえ。じゃあ俺もそうしておこう。興味は無かった。」


またしても苦笑いされ、それが彼の処世術なのだろうかと考えると、視線がこちらへ向いた。


「蝶の一族についてどれほど知っている?」


その目は真剣だった。リーンハルトの立場上、国を守るために情報を集めているだろうから、ジャミと情報量に差はないかリーンハルトのほうがよく知っているほどだろう。


『蝶の一族』
イヅルノの近くにある、何処の国にも属さない街。木工と彫刻、織物など豊かな自然を活かした特産品が多く、それらは質の良さと数の少なさから高値で取引される。また生産には男女どちらもが携わるが、売り歩くのは男性が多いと聞いた。
その旅中に身を守るため、蝶の男たちは単身でも自分の身体と荷物を守り逃げ切るだけの能力を身につける。中にはその独特の武術を活かして傭兵やら護衛、暗殺者といったこともする場合がある。

一般的に、情報通なら調べられるのはこの程度といったところだろう。
ここから先は、蝶と蛇しか知らないことだ。


「奏者は女だから、生産に携わることしか習っていない。騎士団長様が知らなそうなことと言えばこの程度だな」

「ある意味、最も重要な情報だ、ありがとう」


リーンハルトのきれいな目は、まだ追いすがってくる。きっとグランロットも気づいているのだろう、蛇と蝶について。


「俺の口から語れることは何も無いぜ。『蛇は蝶を食べない。蝶は蛇を売らない。』」

「……そうか。じゃあ俺からひとつ。キースという男を知っているか?」


何だ、こいつ。

リーンハルトの追撃をどう躱そうかと思考していれば、リュートに満足したらしいサナがジャミの隣へと戻ってきた。流石に密着はしていないものの一人入れる隙間はなくなっていたので、リーンハルトとは反対側にサナが腰掛けた。
リーンハルトの隣へ行くのではなく、自分と隣り合う方へ来た。その事実が妙に満足感を与えてくれた。










2018/02/08 今昔




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