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ジャミが勝手についてくると宣言した後に、サナの元へとやってきた者は他にも居た。勇者よりも残されている情報が少ないからと、知識欲にかられたサシャ。そして使者としてもやってきたリーンハルトだ。

赤い色は嫌いではないが、こうも全身赤い格好が似合うのは、もはや才能と呼んでも良いかもしれない。


「やあ、巫女姫。めぼしいスレイヤーは居たかな?」

「ごきげんよう、リーンハルトさん。私がそんなに尻軽に見えますか?」

「おっと失礼。そんなつもりじゃないんだよ。ただ、強そうだと思える人は居たかなと思ってね。……そちらの彼かな?」


リーンハルトの目線を追って背後に居たジャミに目を向けても、彼はやはり口元でニッコリと笑い、結局何も口にしなかった。


「なぜだか彼に気に入られてしまったようでして。」

「アサシン…まさかあの『毒蛇』か」

「ックク…口の悪い奴は、そう呼ぶね」


口の悪いと言われて、リーンハルトが口元へ手をやった。この国では有名な者なのだろうか。


「ジャミ、あなたは有名人なのですか?」

「おいおい奏者サマ、アサシンが有名人になったら本末転倒だよ」


ただ、戦争に雇われたりもするからその通り名を知っている人間は多いかもね、と付け足され、サナはとりあえず納得しておくことにした。アサシンというからには、身の上で明かせないことも多いだろう。別に魔王を封じるために身の上話をしなくてはならい、なんていうことはないのだから。

リーンハルトも似たように感じたのか、サナに向き直ると微笑んだ。


「巫女姫、君の初陣では俺もお供しよう。アサシンと騎士では扱う武器が違う。色々と役に立てるだろう」

「ありがとうございます。しかし何故わたしのお供を?勇者の方でも良かったのでは?」

「無粋なことを聞くね、姫。俺が君を気に入ったからという以外の理由が必要かい?」

「…………」


サナの不機嫌な沈黙は、衛兵の叫び声によって破られた。


「魔物が街へ入ったぞ!!勇者が倒し損ねた!!」






03:初陣





夢のことが本当ならば。
サナは衛兵の叫びを聞いて、駆け出した。背後からジャミとリーンハルトも着いてきてくれたようだ。

あの夢に見る女神の言うことが本当だというのなら、サナの歌には力がある。そしてあの街で学んだことが活かせるのかもしれない。逆に言えば、活かせなければ「戦うどころか武器を持ったこともない勇者」と同じレベルということになってしまう。

サナは走りながら腰バッグから横笛を取り出した。


「それは?」

「…ジャミ、あなた味方にとは言え自分の持ち物について説明しますか?」

「ックク、しないねえ。手厳しい奏者サマだ」


城壁に駆けつければ、多少弱ったキマイラが数頭、衛兵を手こずらせている。


「考えろ、考えろ……」


敵は魔物とは言えども生き物。生き物に作用する、サナの歌は、曲は、一体何だ?
キマイラを消滅させる、というのは範囲指定をミスした場合に衛兵にまで被害が出る。となると、いきなり実践で使う気にはならない。他に、キマイラを退けるには?
脳内の引き出しを開けて、閉めずに次を開けて。覚えている楽譜を脳内に散らかして探す。
癒やしの祈り、違う。攻撃、これも範囲が広すぎる。ならば…


「これだ」



<<零撃−ゼロノウタ−>>



心を撃つ、主旋律。
本来ならば、小鳥たちに歌を教えるための楽曲。そこに持てる力を注ぎ込み、空気を震わす。例え鼓膜がない魔物であったとしても、空気の振動を避けることは叶わない。

戦闘に似つかわしくない平和なメロディに、キマイラたちのむき出しだった牙がしまわれていく。まるで猫のように大人しくなったキマイラたちに、衛兵が慌てて城門の内側へと逃げ込んできた。
逆にサナのしていることに気づいたらしいジャミとリーンハルトが駆け出して行き、それぞれの得物でキマイラを切り裂き、突く。黒い霧となって消えていくキマイラに、サナは安堵して笛を降ろした。


「流石だね、姫」

「ククッ、驚いた!まさか蝶の里に伝わる古の術を見ることができるとは…使える人間が今もまだ居たんだな」


ふうっと息をついて、サナは彼らに「ありがとうございます」とだけ返すと横笛をしまった。これをすると少々疲れるらしい。数時間、座って彫刻をしていたときのような疲労感だ。

衛兵たちの賛辞を受け流しながら王宮の玉座の間へ戻ると、ベルカント大臣が眉間にシワを寄せていた。
その向かいには落ち込んだ様子のアステルと、先ほどサナが強そうだなと思っていた銀髪の青年が、不機嫌そうな表情で立っている。


「勇者の加護により戦士のちからはより引き出されると思っていたが、少々買いかぶっていたかも知れぬ」

「……すみません」

「それに比べ奏者の優秀なこと。本当に勇者が必要なのか疑わしく思う者が出ても致し方のないことですな」


大臣の辛辣な言葉にアステルが更に泣きそうな顔になっている。同郷だと言っていた二人が慰めるように背中に手をあてているが、いっそ外へ連れ出して泣かせてあげるほうが良さそうな程だ。
そんなやりとりを曖昧な笑顔で流した国王が続けた。


「ロードオブグローリーは大陸に蔓延る魔物たちを討伐しつつ、戦士たちのちからを競う大会。目指す最終地点は魔王トリニヴォールが棲む魔王の城だ。」


頭の上にハテナを浮かべながら、銀髪の青年が問う。


「では、城に一番早く到着して魔王を倒した奴が優勝というわけか?」

「そのような単純な話ではない」

「じゃあ、どういうわけだ」


奇しくもサナと同じことを思ったらしい銀髪青年が問うてくれた。
魔王を倒すにはグランドスレイヤーとレジェンドスレイヤーのちからが必要だと言われている。つまり、サナとアステルが誰かしかに女神の加護を授けなければ、魔王は封印できないのだ。
それを語るのかと思った予想は、続いた国王の言葉に裏切られた。


「…それを語るにはまだ早い。スレイヤー達よ、まずはこのグランロット王国に蔓延る魔物を討伐せよ。最も成果を上げたものには、わしから褒美を授けよう。勇者アステルよ、奏者サナよ。そなたたちもスレイヤーと共に戦え。」


優しくサナを見ていた王の目線は、途中からアステルへと切り替わった。


「今はまだなんとも頼りないが…そなたが成果をあげた暁には真の勇者と認めよう。」


話は終わりだと言わんばかりに口をつぐんだ国王に、アステルはやや涙目になりながら顔をあげた。「皆の平和のために」と気合を入れているらしい。
サナは背後に立ったリーンハルトとサシャ、その隣に立っている黒髪の男性に聞いてみた。黒髪の男性の方は、格好から見るに国の魔道士だろう。


「リーンハルトさんたちは、勇者アステルのことをどう思いますか?」

「実に健気で可愛らしい勇者だ。けど、スレイヤーの皆はまだ勇者のちからを信用していないようですね」

「まあ、あの働きぶりでは、誰もがそう思うであろうな」

「でもきっと、彼女はまだ自分の力の使い方をわかっていないだけです。天の選んだ勇者さんですし、心配しなくても大丈夫ですよー」

「サシャ…君は相変わらず楽天的だな。」


「魔道士長クロービス、騎士団長リーンハルト、学者長サシャ、ここへ」


呼ばれた名前に話していた三人が国王の元へ向かったのを見て、サナは驚いた。リーンハルトは騎士団長、他の二人も長とつく役職に居るらしい。


「とんでもない人と知り合ってしまった……」

「それは俺も含めて、かい?」

「ひぎゃ!?」


またしても背後から息を吹きかけられ、サナは悲鳴をあげた。


「この無礼者ー!」








2018/02/02 今昔




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