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【 とある狐の主観察日記 】
わたくし、鳴狐のお供をしておりますキツネでございます。
鳴狐はただの刀であったはずなのに、審神者と呼ばれる女性に召喚され、最近は人間のような姿形になっております。いやはや、そのお陰で鳴狐の両肩に乗っていることが出来るのですから、審神者である早苗殿には感謝感激雨あられ、筆舌に尽くしがたい謝意を抱いている次第です。
そんなしがないキツネではございますが、本日、皆様方にお伝えしたいことがございます。どうやら鳴狐、早苗殿と主従以上の関係になりたいと。そう感じているようなのです。
いやはや、他人と関わることが苦手であるはずの鳴狐がこのように色恋に目覚めるとは。このキツネ、感激のあまり毛並みがつやつやになってしまいそうです。え?違う?
何故、わたくしめが鳴狐の気持ちに気づいたかと言えば、ひとえに我々の絆がなせるワザではあるのですが、少々鳴狐はこのことになると分かりやすい行動を取ってしまうようなのであります。と言いますのも、審神者である早苗殿は当然ながら1つの部隊を率いている身。一人の刀につきっきりというわけにもいかぬのです。
それは、ある朗らかな陽気の昼前のことでありました。鳴狐は早苗殿のお役にたつため鍛錬に勤しんでおりました。
「ナルー、もうすぐお昼ごはんですよー!」
本丸である屋敷の中から、鳴狐が鍛錬をしていた中庭へポーンと鞠でも投げたように、綺麗な声が響いて参ったのです。ナルとは、早苗殿が鳴狐を呼ぶ時のアダ名でありまして、最初こそ違和感があったものの今ではこの呼び方でなくては、怒らせてしまったのだろうか?と不安になるほどであります。
鳴狐は当然、主であり大切な審神者であり、そしてまた特別な感情を抱く相手の呼びかけに応えて縁側へ戻ると、早苗殿が用意してくださったタライで手を洗い、足を洗い、昼飯にすべく室内へ戻りました。
ところが。
台所で料理をしている早苗殿の隣に、何やら他の刀剣が居るようなのであります。鳴狐は両肩をビクリと跳ね上がらせたため、わたくしめは危うく落下しそうになったのでありますが…こればかりは仕方有りますまい。聞こえてきた会話は、鳴狐が驚くようなものであったのですから。
「わーい、きょうは早苗のみそしるですね!」
「そうですよ、今剣が菜っ葉を採ってきてくれましたからね。」
「早苗のおねがいです、ぼくができないわけがないでしょう?それに、いわとおしもてつだってくれたんですよ」
味見をしながら仕上げをしているらしい早苗殿の腰回りに、今剣がわいわいと抱きついているのです。もちろん、内面も幼い今剣のことですから、致し方ないというのも分かります。えぇ、このキツネめも鳴狐も、十二分に分かっておりますとも!
「あら、それはちょっと意外ですね。でもお隣の隊なのに…こんど岩融さんの部隊にもお野菜のお裾分けに行かなくては…」
まるで母と子供のようだととわたくしめは感じたのですが、鳴狐はそうではなかったようで…
そこからの行動はまるで軍場に出た時のようであったと例える他にありませぬ。一気に距離を詰めると今剣の両手を掴み、そのまま後方へぽいっと投げ捨てるように退けたのであります。その勢いと言ったら、わたくしめが今剣と共に吹き飛ぶほどでありました…
早苗殿はそれに気づくとポカンとした顔をして鳴狐を見つめておりました。
「ナル、どうしました?」
「……ず、るい」
それが恐らく、他人との関わりが苦手で口下手な鳴狐にとって、最大の意思表示だったのでしょう。普段であれば、ここでわたくしめがすかさず鳴狐の気持ちを代弁するのですが、早苗殿も鳴狐もそれを望んでいないように感じられたのでございます。
「今剣が、ズルいと思ったのですか?」
「…そうだ……。俺も…いや。」
まごついて何も言えない鳴狐に、早苗殿はそっと手を伸ばして頭の上に載せたのであります。なんとも神々しい、アマテラス様かと思うほどのまばゆさでありました。
「じゃぁ、夕餉はナルに食事の準備を手伝ってもらいましょう。太郎太刀も名乗り上げてくれましたが…まぁ、良いでしょう」
「……俺が?」
「ええ。何が食べたいか、教えてくださいね」
その時でありました。鳴狐、何を思ったのか早苗殿の両肩を掴むと引き寄せて、しっかりと抱擁をしたのであります。ああ!!なんと美しい二人の立ち姿!!このキツネめ、感激のあまり泣きすぎて干からびそうであります!
「なるきつねは、早苗が好きなんですか?」
舌っ足らずに呟きながら今剣はわたくしめを抱き上げ、しょんぼりと両肩を落としてしまいました。幼い子どものこのような姿は少々気が引けるのでありますが…
「今剣殿、それを聞くのは野暮というものであります。」
「でも、ぼくも早苗といっしょにあそびたいです。ずるいです」
「それでは、早苗殿と鳴狐を両親のように思えばよろしいのではありませぬか?そうすれば、お二人と遊ぶことが出来ますぞ!」
わーい!とわたくしめを高く放り投げるほどに喜んだ今剣殿に、慌てて早苗殿と鳴狐が駆け寄ってくるまで、しばしわたくしめは人生初の高い高いを楽しんだのでありました。
今後とも、みなさまが鳴狐と早苗殿の様子を、温かい目で見守って頂けますよう。このお供のキツネめからのお願いでございます。
2015/02/02 今昔
鳴狐、もうちょっと喋ってくれないと口調が謎です。
追記
2015/07/15 今昔
鳴狐(なきぎつね)の相性が「ナル」なのは、純粋に語感がいいからです。
「なっちゃん」やら「なーちゃん」やらでも良かったのですが、
現代っ子である審神者に呼ばせるのなら、日本語っぽさを削りたかったので。
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