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「太郎さん?」



女性にしては少しだけ低く、よく響く声が聞こえてきた。本丸である小さな城の中から聞こえたそれ、太郎太刀は素振りをやめて振り返った。するとちょうど、縁側になっている場所に手ぬぐいとお盆を持った女性がやってきたところであった。



「鍛錬お疲れ様です。お茶にしませんか?」


「主…ありがたく頂戴しよう」



太郎太刀の魂を付喪神として呼び出すことに成功した審神者が、この女性、白崎早苗であった。
現世のことに疎い太郎太刀にも、彼女が生きている現代日本では女性の在り方が変わってきていると知っている。早苗はとても希少な存在であると気づいてからは、他の刀剣たちよりも自分が恵まれた立場に居るような気がしてならないのだ。
男性をたて、常に後ろに控えてこちらの様子を把握し、必要な時にのみ顔を出す。審神者としてもとても優秀であり、太刀としての能力を惜しみなく振るわせてくれる。かつて太郎太刀を戦場で振るったあの男を、どうしてか連想させるような人間だ。



「主だなんて呼び方、しなくて良いんですよ。私はあなたを戦わせてばかりの…ただの政府の道具なのですからね」



苦笑いする早苗に近づき縁側に腰掛けると、太郎太刀はそっと彼女の頭をなでてやった。



「…では、早苗。あなたも一緒にいかがですか?あなたの入れる茶は素晴らしい。そこにあなたが居てくださるのであれば、なおのこと」



早苗は控えめに微笑むと、自分の分のお茶をとりに奥へと戻っていった。こうして時折彼女とお茶をすることがある。すると不思議なことに手入れをされた後のような、背筋がピンと伸びていつもより輝かしい自分になれるような気がするのだ。
それは早苗と過ごす時間が長ければ長いほどに効果を発揮し、早苗が出陣前に「よろしくお願いしますね」と優しく微笑んでくれる度に倍増する。



「現世の人間に、ねぇ…」



太郎太刀は複雑な気持ちで湯のみの水面を見つめた。戦場に出ていると、現世の汚れが体に貯まるような嫌な感覚にとらわれることがある。ところが、彼女の側へと戻るだけで、禊もしていないのに綺麗な自分に戻っているのだ。
あくまでも、太郎太刀という存在は彼女が呼び出した付喪神だ。そして呼び出した早苗は人間である。いくら姿形が似ていたとしても、全く別の存在なのだ。いつか、彼女のほうが先に朽ちて消えてしまう日がくる。



「あら、待っていてくださったんですか?」



背後からの声に、太郎太刀は軽く頭を振るといつもの様子を装って答えた。



「おかえりなさい。あなたと共にと言っているのだから、待つくらいしますよ」


「ありがとうございます。そんな優しい太郎さんには、わらび餅もありますよ。いかがですか?」


「……主」



お盆を縁側に置いた早苗はこちらの顔色を伺うようにそっと視線を向けてくる。ただ、直視するのではなく、喉元よりも少し下に目線は向けられていて、わざとなのか自然とやっているのか分からないが、対人関係に慣れているように思える。つまり、今までにそれだけ多くの人間と関わってきたということだ。
それに比べて自分はどうだろう。彼女に呼び出されたただの刀剣にすぎない自分が、早苗の隣に居ることを許されるのだろうか。今までただ一人にしか使われたことのない自分が、世慣れしている彼女に?



「使える者がいない刀はこの世に存在していないも同じ。」



ふっと口から零れた言葉だったが、太郎太刀にはそれが己の全てを表す言葉のように感じられた。



「太郎さん、あなたは…


「違いますか?私を扱える人間はただ一人だけだった。そんな私が、優秀な審神者である早苗を独占してしまっている。もっと他に活躍した刀剣が居るだろうに、私は」


「太郎さん!」


「んぐっ」



口の中に、きな粉の味が広がった。早苗の手によって押し込まれたわらび餅が、口の中に詰まっていて噛むこともままならない。
それを見た早苗は、今だ!という顔ですぅと大きく息を吸ってから言い出した。



「太郎さん、あなたを呼び出したのは他でもない私です。私が呼び出した刀剣の付喪神を悪く言うのは辞めていただけませんか?私はあなたが良くて、あなたと戦いたくて一緒に居るのです。他の刀剣を隊長に、などと、そう思っているのなら今すぐ分からせてやりますよ」



言いながらどんどんと潤んでいく瞳を見ながら、太郎太刀はどうにかわらび餅を飲み込むと、早苗の頭にぽんと手を載せた。それから小さく左右に振って撫でれば、ついにぽろりと涙が溢れてしまい、今度こそ慌てて彼女の両肩に手を載せる。



「太郎さんは…私が審神者では嫌なのですか?」


「そんなわけが無いでしょう。」


「では何故そのようなことを言うのですか!私は太郎さんが大好きなのに、なんでどこかに行ってしまうと言うのですかぁ!」



ぐずぐずと泣き出してしまった早苗を抱きしめると、その凛々しい背中は思っていたよりも少しだけ小さく感じられた。何人もの刀剣を率いているのに、こんなにも小さかっただろうかと思うほど、彼女が弱々しく見えた。
普段は一癖も二癖もある刀剣たちを逞しくまとめあげ、そして母のように姉のように守っている早苗のことを、どうしても守らねばと思えてきた。太郎太刀は自分でも、この守りたいという感情が愛おしいという感情に通じているのだと、はっきりと感じ取ってしまった。


早苗が言う「大好き」がどのような意味を持つのかは分からない。それでも、と。太郎太刀は早苗の両頬に手を添えると顔をあげさせ、目線を合わせた。



「私は、主のお側に居ても良いのでしょうか」


「あたりまえです」


「私は…早苗をお慕いしていても良いのですか?」



早苗の目がはっと見開かれた。驚愕の裏側に、期待と歓喜が透けて見えてくる。



「あたりまえです…」



震える声を必死に抑えるように言った早苗は、もう一度太郎太刀の胸元をすがるように掴むと両肩を震わせた。彼女の様子に堪らなくなり、太郎太刀は両手を添えていた早苗の顔を少し引き寄せると、柔らかく唇を重ねた。自分の胸元が、ぎゅっと握られたのが分かる。
その様子がとても愛おしく感じられ、太郎太刀は名残惜しくも唇を離すと早苗をぎゅっと抱きしめた。



「私が、あなたを守ってみせましょう。私を扱う早苗のために。そして何より、私が愛する早苗のために」


「私も、ずっと太郎さんのお力になれるよう、お側に置いてくださいね」



遠くの方で、隊員である今剣たちが茶化すような驚いたような声をあげたのが聞こえたが、太郎太刀は聞こえなかったフリを決め込み、気が済むまで早苗を抱きしめていた。








【 あなたが世界の中心で 】








2015/01/21 今昔
「そこに水たまりがあるじゃろ?」
「え?これ沼だよね?」
「良いから足を入れてみるのじゃ」
「え?だから沼…
背後からドーン
「あああああああ」
ということで刀剣乱舞にはまりました。艦これ提督だったのですが、やはり僕も女性。とうらぶのほうがどっぷりハマってる気がします。
太郎太刀には古風な女性をーと思い書き出してみました。他の刀剣たちも幸せになれるような夢を書きたいなーと思っております。




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