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【 消えない虹 】



※非愛?
※小狐丸→審神者←→岩融






目の前で、桜の花びらが舞い散った。
小狐丸はその花に手を伸ばしかけ、中途半端に差し出された指先をぎゅっと握りしめた。


「また、そうしておるのか、小狐」


背後からの呼びかけに応えることもなく、もう一度舞っている桜に手を伸ばした。
この本丸はいつまで経っても変わらない。一年、四季折々の景色が楽しめるのだが、経年劣化という言葉を知らないように、建物は傷まない。それはこの本丸の主である審神者の霊力のなせる技であり、そしてここに住まう刀剣の付喪神たちが本丸を大切にしているからだ。

遠くの方で今剣が他の短刀たちと遊んでいる声が聞こえる。その声を追うようにして燭台切のたしなめる声も飛んできた。それは、この本丸の付喪神たちが戦場へ飛び出し、時間遡行を利用した悪行を阻止していた頃と何も変わらない。
変わったことといえば、ここに審神者が居なくなったことだけだ。


「主は、幸せなのだろう。この本丸が消えないことがその証拠であろうに。真、お主は難儀な」

「三日月。ぬしさまは、皆を平等に敬い、愛し、慈しんでいるものと思っていた。」

「ああ、そうだろうな。主より長く生きたじじいである俺が見ても、あの年頃に似つかわしくないほどに信心深く、穏やかなおなごであったな」

「しかし、そうではなかった」

「……近侍である、己が唯一であると。そう信じたかったのか」


問いかけではなく、言い切られた三日月の言葉に。小狐丸はキリキリと腹の底のほうが、心の臓が、心が歪むような気がした。


「そうだ。この小狐を近侍とし、そして三条の刀たちを…特に大切にしてくれているものだと、思っていた」


けれど、主は。
近侍になり、部隊長を任されることも増えた己は、主の大切な者であると信じていた。否、今でも信じているし、事実その通りであろう。
ただ、主がおなごとして恋慕ったのが、己ではなかったというだけの話だ。


「岩融の御霊も、ぬしさまの御霊も。ここの本丸にとどまっているのだろうか」


久方ぶりに使われていない出陣用ゲート、その両脇に植えられた桜を見ていると、思ってしまうのだ。

主の御霊はまだこの本丸に漂っていて、小狐丸を見守ってくれているのではないかと。
仮にも神である己がそのように人間に固執しているなど可笑しな話ではあるのだが、それでも構わない。
春のひだまりのような、夏の木漏れ日のような。秋の長い夜に凛と溢れる月明かりのような。冬、シンと冷えた朝の空気のような。そんな主が愛おしく、そして悲しいほど焦がれてしまうのだ。

そんな主が愛したあの薙刀は、いずれは現世へと連れ帰られることを恐れ、主との間に育まれた愛を示すように消えた。己が刃で主を貫き、互いの霊力を駆使して魂のみの存在として寄り添いあうと決めたのだ。
あの日も、こうして桜が舞っていたように思う。桜色のひだまりの中、鮮血を地面に流した状態で、主はその身には大きすぎる薙刀を抱きしめるように冷たくなっていた。


「留まって、いるのだろうな。俺には分かるぞ、小狐丸」

「ぬしさま…この小狐は、ただ、唯一となれずとも、お傍に居りたかったのですぞ。ぬしさまから頂いたこの人の身で、ぬしさまの傍らで。時折、この毛並みを梳いていただきたかった。それだけ…それだけのことであったのに」


兄弟のような存在であった岩融に主を奪われたという気持ちよりも、主が恋したのが兄弟であってよかったと思った。


「岩融、ぬしさまを…頼むぞ」


桜の花びらが、あい分かった、と答えたような気がした。









2015/12/16 今昔





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