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本丸の二階。どちらかというと加州清光たちが生きた時代の建造物に似ているこの本丸では、二階の一番見晴らしがいい部屋を審神者である早苗の部屋としていた。
窓の外を悠々と泳いでいく入道雲と、政府からの支給品だという風鈴。早苗の趣味だという家具たちは、どれもが純和風で室内には柔らかい雰囲気で包まれている。彼女の服に炊かれた香もそれに合わせているのか、白檀かなにかのほんのりとした香りが漂っている。


「退屈…」


呟かれた審神者の言葉に、大倶利伽羅はちらりと視線だけを彼女に向けた。文机で読書をしていたらしい彼女と、適度な日向でのんびりしていた大倶利伽羅との間には微妙な距離がある。ふと、これはきっと関係性がもたらす距離だと大倶利伽羅は考えた。
日本人らしい髪色に肌色、。せられたまぶたのせいで見えないが、明るいこの部屋で見る彼女の瞳は暗がりで見るよりも少し薄い色をしているだろう。自分よりも一回り小さい彼女の頭がはじき出す戦術は、とても平和な現世に生きている人間のものとは思えない。なんでも、もとより将棋や囲碁が好きだったことと、戦略系のゲームのおかげでここまでの知識を身につけたらしい。
審神者としてその戦術知識を惜しみなく披露していた彼女だったが、ここ最近は出撃が少ないため暇をしているのだろう。


「ねぇ、大倶利伽羅。私に刀の扱いを教えてよ」

「…何故」


唐突に言った審神者にきちんと顔を向けると、彼女は嬉しそうに微笑んだ。あの笑顔を、光忠は可愛いと言う。鶴丸はいじめたいと言う。清光は負けないくらい可愛くなりたいと言う。同じ第一部隊の面々は、審神者が笑うことで何かしらの影響をうけている。


「もともと、自分でも戦える力は欲しいなーと思ってたの。」

「光忠に頼めばいい。」

「えー、あの子過保護だから教えてくれないでしょ…。清光もネイルが剥がれるから駄目って言うし。」

「岩融はどうだ」

「あの人に頼んだら命が危ない気がする…」


ふぅっとため息をついて早苗を見れば、やはり彼女は楽しそうにこちらを見ていて、頭上で揺れた風鈴の音が妙に大きく聞こえた。


「『他人に興味ない』って言ってたよね。確かに他の刀剣たちと一緒に居ることは少ない。でも、私の部屋には毎日来るのはなんで?」


少し、目を見開いてしまった自覚はあった。他の隊員たちと一緒だ。彼女が笑うだけで簡単に影響を受けてしまう。
知略を尽くした戦いをする毅然とした様子も、退屈だと嘆くつまらなそうな顔も、短刀たちと遊ぶ無邪気な顔も。全て側で見てきたのは近侍という勤めがあるからだ。自分でもそう思っている。ただ、「近侍だから側に居る」というのは、今は口に出来そうにもなかった。
一際大きな入道雲が通ったのだろうか、部屋が少しだけ暗くなる。それを見計らっていたのか、早苗は文机から窓際へとやってきて大倶利伽羅の隣に座り込んだ。


「近侍だから?」

「……違う。」

「清光はいいよね、分かりやすくて。『主大好きー!愛してるよー!』って、新しい爪紅が欲しくて強請ってくるの。すごく可愛いし分かりやすい。」

「そうだな」

「今剣たちもそうだね。『あるじさま』って呼ばれるの、くすぐったいけど好きだよ。」


自分に向けられたわけではない言葉に、妙に心臓が煩い。
短刀たちのはしゃぐ様子でも思い出しているのか穏やかな笑みを浮かべる早苗に、大倶利伽羅はぽんと頭に手を乗せてみる。光忠のように世話を焼きたいわけではないし、鶴丸のようにちょっかいをかけたいわけでもない。まして清光や乱のように一緒に着飾りたいわけでもない。
ただ、こうして微笑んでいる様子をずっとそばで見ていたいと思うのだ。


「…お前は、剣術なんて覚えなくていい」

「えー。私だって、ちょっとくらい自分の身を守れるようになるべきだと思うんだけど…」

「俺が居れば、守れるだろう。問題ない。」


手の下で、早苗がぐるりと位置を変えた。そのままぽふんと音がしそうな勢いでこちらの胸元に倒れこんできたかと思うと、彼女の両手が服をぎゅっと掴んできた。


「近侍だから?」

「…?」

「近侍だから守ってくれるの?」


人間とは、とかく面倒なものであるらしい。感情に左右されていては、戦いの中に身を置く者として危機意識が低すぎる。自分の身も守れない女性がそんなことでは、すぐに倒されてしまうだろう。
それでも、こうして弱い者を守っていたいと思うことも頼られることも、悪い気がしないのだから不思議だ。


「守れと、守ってほしいとお前が望むなら。俺の立場は関係ない。守りたいものを守る。それだけだ」


随分とぶっきらぼうな言い方になってしまったが、早苗はもぞもぞと動くと落ち着く場所を見つけたのか、大倶利伽羅にぎゅっと抱きついて動かなくなった。だいぶ気温もあがってきたのでこの大勢は少しばかり暑いのだが、早苗の背中に腕を回してから大倶利伽羅もじっとすることにした。

人間の感情とは、とかく面白い。













2015/06/25 今昔




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