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※刀剣ヒロイン
※死ねた



あなたに、思いを告げないと決めていた。
けれどその意思も、少しだけ揺らいでしまったのだ。






【 散華 】





出会った日も、こんな穏やかな天気の昼下がりだった。
主の近侍として付喪神の呼び出しに立ち会うのが、最初の刀剣であり、流は白崎、名は早苗という太刀の職務であった。おなごである審神者は唯一女性の姿を得た早苗を大層気に入って下さり、常に近侍として側にいることを望んだ。
もしかしたら、白崎流が他の刀派と関わりが薄いこともあってか、なかなか馴染めずに居たのを気にかけてくれていたのかもしれない。逆に、男ばかりの中に主が馴染みにくかったのかもしれない。


そんなある日の鍛刀作業で、珍しくも太刀がやってきた。真っ白な着物に透き通るような白髪、そして輝かしい金色の瞳。


(綺麗、だ…)


白崎の流派は武力としてよりも観賞用としての武具に拘りを持っており、特に早苗は鞘を含めて彫刻が大変美しいとさえている。そんな流派で育った早苗ですら、彼のことを美しいと言わずには居られなかった。


「俺は鶴丸国永だ。そちらのお嬢さんが審神者だな?で、その後ろのが…」

「私は白崎早苗。よろしくお願いします、鶴丸殿」

「白崎流の…どうりで美しいお嬢さんの姿をしているわけだ。驚いた、と言いたいところだが、納得だな」


そう楽しそうに笑った鶴丸に、近侍として隊のことを教え、内番をともにこなし、鍛錬に励む。その日々はとても美しく感じた。彼がやってきた初夏から秋口に入る頃には、彼も第一部隊の隊員になり共に戦場へ向かうことも多くなった。

二人で居ることがとても嬉しかった。
いつ恋をしたのかだなんて分からないし、知らなくても問題ない。審神者として頑張る主を裏切るようなことはしたくなかったし、何より自分が恋というものを自覚することによって、何か別ものに変わってしまうような気もしたのだ。
ただ、いつの日か落ちた「恋」というものは、早苗の心を包み込んで大切に大切に、ここまで育んでいて、とっさに行動してしまうほどのものになっていたのだ。


「早苗!」


驚いたような声。それでも自分を呼んでくれる声。両手で持った太刀が遡行軍の率いる妖かしのようなものを斬った感触。飛び散ってくる生暖かな血液。
そして最後に、


「っく…がっ……」


右の横腹を貫いた敵の薙刀と、口から飛び出す大量の鉄の味。
それを無視して敵の薙刀をへし折れば、その場にいた敵軍は全て地面に倒れた。


「早苗!早苗!!何をしているんだ!!」


駆け寄ってきた鶴丸に、もう限界だと背中を預けると、腹回りにグルグルと止血用の布が巻かれていった。それでも分かるのだ、人間の体を得たからには「自分が生きていられるかどうか」ということも。


「つるま、る。」

「おい、驚かせるな!いや違う、肝が冷えることをするな!」

「皆は…」

「お前のおかげで他の四人も無事だ」


視界の隅に、帽子を被った幼い顔が覗いた。蛍丸の口元が小さく動いたかと思うと、その両目からぶわりと勢い良く涙が溢れてくる。ごめんなさい、ごめんなさい、と泣きじゃくる蛍丸の頭に手を伸ばしてみるが、どうにも力が入らずに諦めた。
小さな体で大太刀を振るう蛍丸は、一撃必殺型で機動力が低い。それをカバーするのが早苗と大倶利伽羅の役目であったが、大倶利伽羅は敵軍に両手を塞がれていた。蛍丸に刃を向けた敵を自分の刃でうけたまでは想定の範囲内だった。


「俺の死角を守るなんて、お前さんの仕事じゃないだろう!」


鶴丸の視界に入っていない場所から、敵の刃が伸びていた。とっさに足でも出されば良かったのだが、両腕で敵を抑えているためにそれも叶わぬ。ソレならばと、敵に体当たりでもかまそうと思ったのだ。
瞬時に軌道修正された敵の刃は、ぐぐっと早苗の横腹へ食い込んだ。


「とっさに、体が…さ、ははっ」

「人間は、生まれ変われるらしいが……俺たちは…一度、一度折れてしまったら…」


鶴丸の言いたいことはなんとなく分かった。
人間とは色々なところが違う我々だからこそ、人間とは違う「両思い」の形があっても良いと、早苗だって思っている。一度折れてしまったら、生まれ変わりなどない刀剣たちにとっては今生の別れになるのだ。それなのに、何故。彼はそう言いたいのだろう。
泣きそうな顔の鶴丸を見ていると、抱かれているのと反対の手で、そっと頬を撫でられた。


「なんて無茶をしたんだ…」

「死んで、ほしくないからですよ」

「俺だって、早苗に……」

「人間と…主様たちと同じなのです。」


いつぞや、恋に落ちてしまった瞬間から。
命を賭しても良いと思えるようになるまで。


「わたしも、おなごですもの。…命短し、恋せよ乙女と」

「それは…」

「お慕い、しています…鶴丸」

「そりゃ、驚いた。俺も、早苗がほしい。早苗に側に居て欲しい。部隊長はお前だ、俺は隣で支えて、先陣きってお前の言うような流れをつかむのが仕事だ!だから!!」


早苗は重たくなるまぶたの向こう側で、すっと鶴丸の顔が近づいてくるのを見た。最後に感じたのは、唇にふれるふわりと柔らかい感触だけだった。



折れた刀剣が元に戻るのかは分からない。物理的には治せても、この「早苗」としての記憶を持ちあわせているかは謎だ。
だからこの先、どんな未来が待ち受けていようとしても。
早苗にとって、鶴丸だけが運命の人なのだと。その思いを乗せて、初夏の風は流れた。






終。








2015/05/20 今昔
鶴丸さんが人気だそうで。




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