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※ 演出の都合上、苗字固定


森のなかで出会った。
玉依姫である珠紀は玉依の本家筋であり、その分家である言蔵と更にもう一つ、雨野。舞踏をはじめ、音楽で神々を鎮める能力があるとされている分家筋だ。早苗はその雨野の姫として、守護五家と共に護衛を務めていた。
カミとの肉体戦闘になれば出る幕はないものの、玉依姫を守るという一点においてのみ、早苗の能力は最強とも言えた。神々を歌と詩で操り、身動きが取れぬように操作することが出来るのだから。


「それじゃぁ、今日はあっちの封印域へ行ってみましょう。」

「おいおい、この大人数で一箇所に行くっていうのか?」


玉依姫と守護者たちが楽しげにやりとりしている間も、周囲に悪しき神か近寄らぬよう。小さな声で歌いながら操作を怠らない。七歳の七五三で完全に目覚めたこの能力も、守護者の一人である大蛇卓の助力によって更に威力を増している。しかし、全てのカミを排除するわけではなく、この場に居る守護者たちの力量で倒せないものだけを遠ざけるのだ。

大抵にカミは自然に溶け込むように存在しているが、悪しきものは馴染めていない。故に、その「馴染まない感じ」が大きいものを排除していく。ところが、意識的にレーダーのような探知能力の範囲を広げたところで、奇妙なものがひっかかった。
雰囲気は人間に近いのだが、馴染めていない感じはカミに近い。しかし操って遠ざけることもできない。
しかたなしに早苗が周囲の他のカミを遠ざけ終わると、珠紀がこちらをじっと見つめていた。


「早苗ちゃんは、どっちに来る?」

「…私は、もう少しこの場所で。」


早苗は珠紀たちを見送ると、彼らの気配が十分に遠くへ行ったところで、違和感のある方向へと向き直った。まだそこに居る、気配。二人分の気があるのに、違和感は1つしかないのだ。
真っ白で綺麗な雪のようでありながら、その実猛毒で触れれば死んでしまうような、そんな感覚。早苗がその感覚へ近づくと、その気配もこちらへと向かってきた。

木々が少し開けた場所で、お互いの目があった。

銀髪に、鋭い視線の片方は眼帯に隠されている。真っ黒なコートのような格好は、見たことがあった。ロゴスの一員。封印を壊す者。第二の使者、ツヴァイ。そんな単語たちが脳内に登っては消え去りを繰り返す。
もしかしたら殺されるのだろうか。早苗は早いのか遅いのか分からない思考速度で考える。


「お前、美味そう」

「あなたは…人間ではない。どちらかというと、封印域にある宝具に近い何かを感じます」

「魂、美味そうだ。鴉にも負けないほど…お前の魂、食ってやる」


見た目の年齢よりも余程低い声。危なっかしい、ピリピリとした雰囲気。それとは相反してゆっくりと近づいてきた彼は、早苗の首筋に顔をうずめた。こちらが抵抗しない、抵抗できないと分かっているようで、皮膚の薄い場所で鼻をすんすんとしている。血の匂いや魂の匂いを味わっているのだろう。
玉依に連なる者として、カミが欲するような「血」を持っているという自覚はあったが、先日交戦したばかりのロゴスにこの血を欲しがられるとは思ってもみなかった。肉弾戦になったあの場では、早苗の影はとても薄かったはずだ。
何故、早苗のことを覚えているのだろう。その疑問に答えるように、彼の舌先が首筋を舐め上げた。


「っ……ツヴァイ、あなたは…私の魂を食らうのではなかったのですか?」

「気が変わった。」


ツヴァイは早苗の両手首を捕まえると、逃げ出されないような距離で小さく言った。
それから内緒話でもするかのように、出来る限り小さく、ぽつぽつと言うのだ、


「ツヴァイという人間は、ソウルイーターと人間の男の魂が深く結びつくことで産まれた。ソウルイーターに魂を喰らわれてから、意識を保っている『俺』も罪悪感に潰れそうだ。ならばいっそ、お前のように浄化の能力を持った魂で、消えることが出来るのか、気になった」

「あなたは…元は普通の人間?」

「そうだ」

「……お名前を伺っても?」

「ユーゴ」


ツヴァイは、少しだけ目をほそめて言った。


「ユーゴ・スティグレール」

「ユーゴ、私は雨野早苗。貴方の人間としての名前が残っているのなら、切り離すこともできるやもしれません。方法は調べてみます。」


不思議そうな顔で頷いたユーゴからは、なぜか悪しきもののような雰囲気は感じられなかった。ただ純粋に、姉に教えを乞う弟のような、母親に付き従う息子のような、そんな感覚だったのだ。
早苗はユーゴが元の普通の人間に戻れるかもしれない可能性をとても嬉しく思ったし、できることならそれに協力したいとも思った。自分でも、守護家の人間たちが逃れられない運命を持っているのに、彼は逃げられるかもしれないと、希望を託すような形になっている自覚はある。
それでも、


「私は、あなたが…いえ、ロゴスの方がただ悪いだけの人には思えませんので。」


それから二人は、他の者が居ない時に出会えれば、他愛もない話をする仲になった。とはいえ、大抵は早苗がユーゴに何かを語りかけるのみだったが。









【 はんぶんこ 】









鬼切丸の封印に成功した珠紀は、周囲から褒め称えられることが多かった。
もちろん、玉依姫側として戦った者の大半が感謝され褒められていたのだが、早苗に関してはまた少し違ったように言われていた。
戦いのさなか、真弘と戦っていたツヴァイを無理やり拘束し、カミをも操る歌声の能力を使って弱体化。そこで、己に流れる天細女命の守護者として、契約のくちづけを結んだのだ。


「ユーゴ!!」


名前を呼びながら飛び出してきた早苗に、守護者の能力を解放していた真弘は驚いていたし、始めて見せた天細女命の能力を解放した姿でさらに驚いていたことだろう。早苗は樹木を成長させてユーゴの体を捕まえると、まずはその手からソウルイーターを奪い取った。


「何をする!!!」

「ユーゴ、起きてください。今から、貴方の魂を浄化し、ソウルイーターを封印します。」

「はぁ!?おい、早苗、お前何言ってやがる!下がってろ!」

「下がるのは真弘さんです!」


ソウルイーターから溢れる、「食べたい」「怨みたい」という思考を全て巻き取って、その怨念を浄化していく。声量の抑えが聞かないほどに謳い、両腕に抱えたソウルイーターの反発をも受けながら、持久走の後のような喉で歌い続ける。
ただ、ユーゴに助かってほしかったのだ。時折森で出会い、話をするようになった人に。少しだけ、笑顔が戻ってきたあの顔に、本当の笑顔を浮かべて欲しい。


(あと、少し!いいよ、ソウルイーター。私の寿命を食べてもいい。だから、お願い。もう永久の眠りについて…!)


金切り声になりながら歌い切るころには、随分と消耗していた。
バキバキ、と。両腕で抱えていたソウルイーターの鎌が割れる音で、早苗はハッと我にかえった。ユーゴを捉えていた樹木を解きほぐし、驚きに固まっていた真弘を手招きする。


「お前…ソウルイーターを浄化したのか……?」

「見れば分かる。俺の魂は虫食い状態だ。こんなにもソウルイーターと一体化していたのか…」

「おいツヴァイ。救うには死しかないとか言ってたが、どうるするんだ?うちのお姫さんが、綺麗に助けちまったぜ?」


ユーゴが困ったような顔でこちらを見たので、早苗はなんだか嬉しくなって微笑んだ。


「ユーゴ、私のお家で一緒に暮らしましょう。その魂の状態では、療養をしなくてはすぐに肉体と魂が離れてしまう」


表情筋を使い慣れていないせいか、随分とぎこちないものだったが、ユーゴはしっかりと早苗に笑顔を向けてくれた。真弘も余計な傷を負うことなく戦闘を終えたため、早苗が「鬼切丸ほどではないにせよ、妖刀の類をたった一人で封印せしめた」という話は、季封村では一大事としていち早く広まった。
もちろん、あくまでも玉依が治める土地。珠紀の継ぐ神社の隣にあった自宅で、早苗はユーゴと共に療養をすることにした。



そんな当時のことをぼんやりと思い出していると、冷たくなってきた風が、外し忘れの風鈴を鳴らして通り過ぎた。窓際のソファに体を沈めていると、早苗と同じようにカップを持ったユーゴが、隣にずぶぶと座り込んだ。


「また、昔話か」

「うん。だって季封村、私たちみたいなのは、除霊とかしてれば自然とご飯食べれるし、普通の人間みたいに働かなくて良いんだもん。」

「なら、二人でしよう。出会う前の早苗を教えて欲しい。」

「ユーゴも、私と知り合う前のこと、ちゃんと教えてね。交換条件!」


ニパッと笑ってみせると、ユーゴもだいぶ柔らかくなった笑顔を向けてくれた。
そうだ、お互い魂をすり減らした身。いつまで体が持つのか分からない。似た境遇だからか惹かれ合い、側に居ることが何よりも落ち着く時間になった。
だからこそ、楽しいこと、辛いこと、嬉しいことも悲しいこと、それから除霊作業のお仕事も。寿命ですらも、二人で「半分こ」にして生きていきたいと思えるのだ。





終。







2015/05/19 今昔
ユーゴさんに平穏を





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