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※ぬっるい裏的な何か
心細いと思った。虐められていたわけではないが、誰にでもあるようなハブられただの何だのというもののせいで、早苗は少し学校が嫌いだった。そのまま社会人になって、それでも寂しいという気持ちは消えなかった。所詮人間はひとりなのだ。一人で生きて独りで死んでいく。
そう思っていたのに、突然社長室に呼び出されたかと思ったら、政府の人間から審神者だのなんだのと言われ、刀剣から付喪神を呼び出すはめになった。
当然ながら、最初は付喪神だなんていうものの存在を信じられるはずがない。この世に存在するのは目に見えているものだけ、だなんて酔狂なことを言うつもりもないが、それでもにわかには信じがたいと感じるのが人間の性である。
そんな信じがたかった存在とも、いつの間にか仲良くなれてしまうのが大半の審神者なのだろうが、生憎と早苗はそんなに器用な人間関係は築くことができていない。
「大将、朝だぜ。そろそろ出てきてくれないと、朝飯が冷めちまうぞ」
審神者用に用意された少しだけ洋風な個室の前から、薬研藤四郎の声が聞こえてくる。早苗はその声を遮断すべくふかふかな布団の中に潜り込み、ヘッドフォンをとりつけた。この部屋の鍵は内側からかけてあるし、鍵を持っているのは早苗と近衛だけだ。近衛の彼も、朝食だからと言って無理に入ってくるような人間性…否、刀剣性ではない。
その距離感が好きだから近衛をお願いしているということもあるし、それが無くても純粋に人として…否、刀剣として好きだと思っている。無論、そこに恋愛感情だなんて面倒なものは持ちあわせていない。他所の審神者は特定の刀剣と恋仲になったりしていることもあるようだが、早苗には少ししか理解できなかった。その少しというのは、近衛の彼が自分に依存してくれたら嬉しい、依存させてくれたら嬉しいと思うところだ。
「そうやってまた引きこもって、指示だけだすつもり……おい、朝はお前も入らない方が…」
微かに聞こえていた薬研の呼びかける声が困惑したかと思うと、ヘッドフォン越しにガチャリと鍵が開く音がした。入ってくるのは言わずもがな早苗が率いる白崎隊の隊長で、近衛として妙な誇りを持ってしまった彼のはずだ。
ガチャリともう一度、今度は鍵を閉める音がしてから、足音は近くまでやってくると衣擦れの音がした。気配は布団の外すぐそこへ近づいている。流石にヘッドフォンは外し、そっと目だけを外に出してみると、ふわっとしたくせ毛と獣耳、正式な名前は知らないが黄色っぽい着物が目に入ってくる。
「ぬしさま」
柔らかい呼びかけに鼻先まで布団から出すと、近衛の手が伺うようにこちらへ伸びてきて頬を撫でた。心地よくて目をつむれば、そのまま彼は布団の中へ潜り込んで早苗を抱きしめてくる。ヘッドフォンは邪魔にならないようにベッドの隅に寄せられて、早苗が外の世界を見なくて良いように、頭を抱えるようにして抱きしめてくれる。
そんな些細なことの積み重ねが嬉しかった。
「ぬしさま、今朝もまた子狐めが居らぬと起き上がれぬ病にかかっているのですか?」
「小狐丸…今日も一緒に居てくれますか?」
「勿論ですとも。ぬしさまは…いえ、他ならぬ早苗様が、私をご所望なのですから。今日も一日、お側に居りましょう」
「夜も。一緒に寝たいのです。」
「ええ、早苗様が望むのであれば。」
近衛−−小狐丸は早苗の機嫌が良くなったとわかったのか、さっと抱き上げて座らせると、いつも早苗が身にまとっている洋装をクローゼットから取り出し、着替えやすいように側に置いてくれた。物足りぬと目で訴えて両手を伸ばせば、小狐丸はやれやれと言いたげな顔をしながらも、下着を付けてシャツを着せてくれる。
はずであった。いつもならば、ぬしさまは我儘だの、ぬしさまのそんなところも愛らしいだのと睦言を言いながら着せ替えてくれるのだが、今朝はそうではなかったのだ。
両脇に入ってきた両手は脱がすのだろうと思っていたのに、なぜかそのまま脇腹をなぞった。そして先ほど自分で起こしたにも関わらず、またベッドの上に押し倒される。
「小狐丸…?」
「早苗様、お許し下さい。この小狐丸、耐え忍んでまいりましたが、この季節はいけません」
その一言で、早苗はあぁ。と思い当たることがあった。小狐丸と出会ったのは冬だったが、そろそろ暖かくなって春が近い。毎晩外で猫が鳴いているくらいの季節だ。人間の姿になっているとはいえ、狐耳が生えているくらいの彼のこと、そういった影響も受けるのかもしれない。
今までに彼と関係を持たなかったわけではない。寂しくて寝れないからと布団に呼ぶこともあったし、そのうちにこうして体を拓かれたのだ。早苗は小狐丸に抱いて欲しいと思うことも多いと自覚しているが、それはあくまでも独占欲と寂しさを紛らわすためであり、断じて恋愛感情ではない。
捲し上げられたパジャマのしたで、下着を身につけていなかった故に露出した胸を頬張るように吸われた。それから胸元に、首筋に、耳に頬に。舐めるようにしてされるキスに、これからされるであろうことを予想して早苗も体温が上がっていくのを感じた。そもそも彼が部屋に入った時に鍵を閉めたのは、口煩い薬研が入れないようにしてくれたのではなく、こういうことをしたかったからなのかもしれない。
「あぁ、早苗様はどこもかしこも美味です」
「くすぐったい。」
「心地よいでしょう?」
「…うん」
照れながらも答えれば、満足気な笑顔で唇同士が重なりあい、そして浅くついばまれる。
ただ、小狐丸にこうされるととても安心するのだ。体内で彼が脈打つと、とても満足できるのだ。早苗自身が達したかどうかは大した問題ではなく、彼が必要としてくれることが大切で、彼が早苗の中へ欲情を解き放ってくれることが大切なのだ。
「小狐丸っ…ください、愛してください。お願い」
「ぬしさまが望まぬとも、私は常に思っているのですよ。ですから早苗様、っ…」
朝から何をするんだ、と思わないこともなかったが、早苗はその安心感と満足感を得るために、小狐丸を受け入れた。全てが終わった後で、薬研の朝ごはんを無駄にしてしまっただろうかということが頭をよぎったが、射精した披露と心地よい余韻に浸り、目一杯甘やかしてくれる小狐丸と一緒に居るうち、そんなことも頭からすっぽぬけるのだった。
【子狐欲情理論】
部屋の外で呼びかけていた薬研は、そもそも小狐丸がやってきた時点で早苗を呼び出すことを諦めた。審神者であり主である早苗は、何故か近衛である小狐丸にしか心を開いていない。それでも戦略を組み立てる能力の高さや、敵の心情を読み取って戦を進める技量の高さに、大倶利伽羅や同田貫はとても信頼を置いている。
ただ、もっと心のふれあいを求める刀剣たち、言ってしまえば短刀のような幼い性格を持った者たちは、早苗のことを苦手としているようだった。特に五虎退は兄弟の中でも一際早苗におびえている。怖がっているというよりも、まるで神様を扱うような、寺子屋で大人を敬う子供のような態度をとるのだ。
「大将も、あれで幸せなら…それで良いんだがなぁ」
「幸せの形は人それぞれだけど、ちょっと寂しいよね」
まだ寝ぼけなまこの乱を連れた次郎太刀とはちあわせ、ひとりごとを聞かれていたことに薬研は少し頬を染めた。
「でもね、ああ見えて早苗ちゃんって、私たちのこと凄く気にかけて世話やいてくれてるんだよ」
「はぁ?いったいいつ関わることがあるんだ?」
「薬研にはあげてないけど、私らのオヤツって全部早苗ちゃんの手作りなんだよ。クッキーとか、シフォンケーキとか、スイートポテトとか!」
凄く上手ってわけじゃないけど嬉しいよねーと続けた次郎に、薬研は目が皿になる思いだった。思ったよりも早苗自身は周囲と関わらなくてはと思っているらしい。それなのに毎朝のように起きだしてこれないのは、
「小狐丸のほうか…」
「ああ見えて嫉妬深いし、執着してるみたいだからね。それでこの部隊も成り立ってるんだから問題ないでしょ」
薬研は少しばかり釈然としないものを感じながらも、早苗の分の朝食を取り分けておかねばと、台所へと歩き出した。歪んだ状態で安定したこの部隊を陰ながら支えるのも、己の仕事であると感じた。
2015/03/09 今昔
個人的に、小狐丸さんがやんでたら嬉しいです。
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