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いやはや、早苗殿はどうやら本格的に鳴狐にご執心の様子でございます。少しばかり怪我をして帰ってきたのを見るやいなや、救急箱片手に本丸の玄関先まで駆けて来て消毒やら止血やらをしているのです。私めも鳴狐のことは常々気にかけておりますが、早苗殿には敵いませぬなぁ。
あ、これは失礼。私めは打刀・鳴狐のお供をしております、キツネでございます。本日も短い時間ではございますが、私めが鳴狐と早苗殿の恋路を少しばかりお話させていただきましょう。え?誰に喋っているのかって?これは観察日記なのですから、後日読み返した自分でございましょうなぁ…
【 とある狐の主観察日記 二 】
事の発端は、戊辰戦争へ歴史改変主義者が介入したとの連絡を受けたことでございます。他の審神者が昼を担当するので、早苗殿は夜戦をしかけろと言う政府の指示に従い、夜戦に向いた隠密行動の得意な刀剣を集めている最中でございました。
元より、早苗殿の率いる隊のうちの一番隊では鳴狐が隊長を務めておりました故、鳴狐とその他相性の良い短刀が招集されておりました。早苗殿は刀剣たちに圧力を与えるのがお嫌いなようで、作戦の説明会はいつも茶とお菓子が出るのでございます。やや、今日は私めには甘納豆でございますか!これは美味!
「それでは揃いましたね?あぁ、乱、襖だけ閉めてくださいね」
「はーい。」
乱藤四郎が襖を閉めてから座ると、早苗殿は全員にお茶を勧めてから資料の紙束に目線を落としました。
「今回の武力介入先は戊辰戦争。主戦力は他の審神者となりまして、今回は脇差しや短刀の付喪神と多く交流を持つ私が補佐を務めることになっています。隊長は鳴狐、隊員には加州清光、乱藤四郎」
「はーい。ご褒美は新しい耳飾りが欲しいなぁ」
「俺も主とデートしたい、デート!」
「今度一緒に小間物屋へ行きましょうね。薬研藤四郎、鯰尾藤四郎、骨喰藤四郎。以上6名で任務にあたります。」
早苗殿はテキパキと地図を広げると、戊辰戦争の配置の上に、主戦力の審神者が待機する場所と我々の待機場所、そして歴史改変主義者の介入予測地点へ印を入れてくださいました。鳴狐は茶にのみ手を付けて地図を凝視しておりましたので、クッキーというお菓子は私めがそっといただこうとしたのですが、隣に居た早苗殿に尻尾を捕まれ静止されました…。
かわりに羊羹が差し出されたので良しといたしましょう。ふむ、栗ようかんですか。これはまた奮発されましたな、早苗殿!鳴狐の部隊が戦場へ出るときには、こうして少しお高い菓子を用意してくださること、私めも鳴狐もよくよく承知しておりますぞ!
「それでは、今夜の作戦開始時まではしっかり休んでおいてくださいね。」
「早苗殿、私めに甘納豆のおかわりを」
「はいはい、それじゃぁ他の皆さんは解散で。鳴狐とキツネさんは私の部屋でお茶しましょうか」
「分かった」
藤四郎たちはまだこの部屋でお菓子を食べるらしく、鳴狐と早苗殿だけが移動することになりました。二人の並んで歩く様子といったら、奥ゆかしい女性らしく鳴狐の斜め後ろを歩く早苗殿、自然といつもより歩幅が狭い鳴狐。いやはや、まるで物語にしたいほどの美しさでございます。
もちろん、見た目だけではありませぬぞ。お互いがお互いに尊敬し、気を使い、しかし気を許しているからこその距離感なのです。早苗殿が自室に入れるのは鳴狐だけであることからも、心を許しているのは誰なのか、火を見るより明らかでございましょう。
早苗殿の部屋は、生まれた時代を反映しているのでしょうか、床は木張りなのですが絨毯が引かれ、足の長い机…たしかテーブルと申しましたかな?その両側に椅子が置かれてござます。背もたれがキツネのような形になっているこの椅子、鳴狐がこの部屋に呼ばれるようになってから増えた家具ですので、言わずもがな鳴狐のためで間違いありますまい。
「鳴狐、座っていてください。お茶とお菓子…甘納豆が欲しいんでしたね」
「俺も手伝おう」
「大丈夫ですよ。今夜戦う人をもてなしたいのですから、座ってください。キツネさんも、そこの小さい座布団、使ってくださいね」
早苗殿に言われた座布団をテーブルの隅に乗せると、鳴狐は手伝わせてもらえないと諦めたのか、私めを座布団に座らせて自分も椅子へと腰掛けました。早苗殿には敵いませぬなぁ。
それから二人は他愛もない会話…と言いましても、鳴狐は他人と関わるのが苦手故に相槌を小さくうつ程度なのですが、早苗殿はそれでも楽しそうに喋ってくださいます。季節のこと、この時期の2200年台はどんな行事があるのか。他の刀剣たちがこんなことを街で聞いてきただの、夕飯は何が食べたいだの。それを聞く鳴狐も楽しげでございます。
「そういえば、この前街に出かけた加州が帯留めを買ってきてくださってね、それを聞いた小狐丸さんが、ぬしさまは洋装が多いのだから帯留めよりも簪を、って買ってきてくださったの」
「加州殿が贈り物というのは分かりますが、小狐丸殿も贈り物でございますか。早苗殿は良き主ですからして、贈り物が多いのも頷けます」
「ありがとう、キツネさん。でもね、男性からもらった装飾品って…ちょっと使うのを躊躇うんです」
早苗殿は私めの前にある甘納豆の皿に目を落として、片手で湯のみの縁をなぞりながら呟きました。どうやら思うところがあるようで、鳴狐や私めには饒舌なはずの早苗殿は口ごもってしまわれました。
私めが何か気の利いた一言を言えれば良いのですが、それでは意味がございません。鳴狐に「何か言うのですぞ」という視線を送ると、どうやら鳴狐は私めの助言は必要なさそうでありました。
早苗殿が湯のみにはわせていた手をとると、鳴狐は自分の口布をずらし、そっと早苗殿の指先に口付けたのでございます。なんと麗しい。
「あの、鳴狐…一体なにを……あの、いえ…嫌とかではなく!」
「贈ろう。」
「え?」
「俺も、何か……髪留め、いや櫛が良い」
生まれた時代は違うながらも鳴狐の言いたいことはしっかり伝わったらしく、早苗殿は頬を赤らめて俯いてしまわれました。照れくさいのでしょうな。しかし鳴狐、他の刀剣や他所の審神者とは全くと言って良いほどに口をきかないのに、早苗殿とだけは話せるようになったのですな。喜ばしい限りでございます。
これも早苗殿が鳴狐と出会って以降ずっと側について語りかけ、返事がなくとも思うことがあるのだと理解を示し、寄り添ってくださったおかげなのです。
「あ、の。鳴狐に贈っていただけるのなら、とても…嬉しいです」
「分かった。似合うものを探そう」
「では私も、鳴狐のために毎日ごはんを作ります。今も食事当番は私ですけど、「皆のために」ではなくて「鳴狐と皆のために」ごはんを作ります!」
私めからすれば、どうにも煮え切らないように感じる二人なのですが…
ともかく、このほのぼのと暖かな様子が、私めも、それから早苗殿に用事があったのに良い雰囲気で扉の前で待っている太郎太刀殿と薬研藤四郎殿も、好きなのでございます。これからも早苗殿と鳴狐には暖かな家庭を築いていってもらいたいものです。
それからというもの、早苗殿が使う櫛は必ず鳴狐が贈った物でしたし、鳴狐が食べたいといったもの…決して私めの食べたいものではございませんぞ?それらが食卓に並ぶようになりました。はっきりとした言葉は聞けていないものの、二人は些細なことで相手を心配するようになったのでございます。
後日、次郎太刀殿と鶴丸国永殿と私めで、さっさと結納でもなんでもしてしまえ!と酒を飲み交わしたのはまた別のお話でございます。
2015/03/05 今昔
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