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あるじさまーと叫ぶ今剣の声を遠くに聞きながら、早苗は本丸として使っている建物の居間で穏やかに緑茶を楽しんでいた。


「平和ですねぇ…」

「平和が一番ですよ。」


テーブルを挟んだ反対側には太郎太刀が座っており、彼用にと用意した深緑色の湯のみでお茶をしている。冬仕様でオコタには分厚い布団が乗っているが、ここのところ少し暖かくなってきたので薄手のものに変えても良いかもしれない。どのくらい暖かいかといえば、今剣が岩融と共に川で魚を捕まえようとするくらいだ。
太郎太刀をはじめ、早苗の元には6人の刀剣が居る。幾人か居る審神者の中でも特に攻撃力に長けた白崎隊は、政府から重宝されている部隊の1つだ。他所の審神者は、人によって短刀しか呼び出せないだの、太刀までしか呼び出せないだのと様々に障害があるらしい。
ところが早苗の部隊では大太刀である太郎太刀、次郎太刀、薙刀の岩融、太刀の鶴丸国永、大倶利伽羅、短刀の今剣と多種多様な刀剣が居る。

これも一重に早苗の器用貧乏とも言えるセンスがなせる技だそうで。政府のお役人からはお給金に色は付けれないが…とという添え付きで菓子折りが届くのはしょっちゅうだ。
過去へ遡るために付喪神たちが待機する未来でも過去でもないこの本丸に、お歳暮や暑中見舞いでよく見るカルピ○が届いた時には流石に驚いたものだ。


「それにしても、流石にそろそろ布団を変えた方が良さそうですね。」

「あら、太郎さんもそう思います?オコタの布団と、皆さんのお布団もすぐに変えられるようにしておきますね」

「ありがとうございます。私も手伝いましょう」

「相変わらず熟年夫婦って感じのやりとりだねぇ」


徳利を持った次郎太刀が居間へ入ってくると、昼間から手にされているその徳利に太郎太刀が眉間にシワを寄せた。早苗はたまの休日だからと宥めると、次郎太刀も座るように促して、有無を言わさず彼の分のお茶も入れて差し出した。


「次郎さん、あんまり表立ってお酒を飲むと太郎さんが起こりますから、夜にするか隠れるかして飲んでくださいね」

「はーい。サナちゃんの言うことなら聞かないとね。」

「次郎太刀、主に向かってそのような口の聞き方は」

「だーかーら、兄貴は頭が硬い中年オヤジだって言ってるの」


次郎太刀は湯のみからぐいっと緑茶を飲むと、熱かったのか軽く舌を出して言い放った。


「主ー主ーって、別に主従の関係を求められてるわけじゃないでしょ?サナちゃんが求めるてるのは、仲間としての関係。私たち刀剣を部下として見てるわけじゃないんだから」

「…しかし、我々が人間の姿で居ることができるのは主の能力があってこそ。」


早苗は二人のやりとりを思わず笑いながら聞くことにした。
兄弟であるというのに、こんなにも性格が異なるのだ。なかなかに面白いことだと思う。もちろん、太郎太刀の場合は現世から程遠いと自分で言っているように、奉納されてからが長いために次郎太刀のような認識が薄いのかもしれない。

それでも、真面目でまっすぐで穏やかに早苗の話に耳を傾けてくれる優しさや、現状を把握し的確に攻め込める戦闘能力の高さを買って、隊長をお願いしているのだ。


「私は、太郎さんのことが好きだから、隊長をお願いしているんです。礼儀正しく接してくださるのは嬉しいですが、余所余所しく感じて寂しいこともあるんですよ」


言うと、次郎はシメた!というような嬉しそうな笑顔を浮かべて、太郎太刀の背中をバシバシと叩き始めた。痛そうなほどに良い音がする。


「ほーら、サナちゃんだって兄貴が好きなんだから、普通に接して大丈夫だって」

「いや、しかし」

「…? どうされました?」

「こういうことは、本人から聞くべきだからねぇ。私はそろそろ部屋に戻るよ。兄貴はせいぜい頑張るんだね」


次郎太刀はひとしきり背中を叩き終えると、楽しげに徳利を持って居間を後にした。ついでにテーブルの上に置いてあったお菓子を持っていったので、もともとは摘みを探しに来たのだろう。
残された太郎太刀は少し複雑な顔をしているものの嫌そうではなく、むしろどこか安心したような顔をしていた。


「太郎さん、どうかなさいました?」

「いえ。これからも、隊務に励みます」


穏やかな顔をしてお茶をすする太郎太刀の内心は測りかねたが、ともかく彼が幸せそうなので良しとすることにした。




【 ふんわり ふわふわ 】




「主よ、私もあなたを慕っている」

「あら、ありがとうございます」

(兄貴ってほんと馬鹿)






2015/03/05 今昔
絶対両思いなのにくっつかない二人を見て苛立つ次郎さん




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