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白崎早苗は加州清光の髪の毛に櫛を通しながら、ふとガラス戸越しに見えている空へ目を向けた。
「あら、雪が降ってきたみたいですね」
灰色の重たい色をした雲から、ぽてぽてと降ってくる白いものが見える。少し気温が高いためか、若干水っぽい音をたてて地面に落ちる雪に、早苗の手は自然と止まってしまった。早苗は雪が珍しい場所に生まれたわけではなかったが、こうして雪を見ると、なんだか少しだけ心が踊る。
今夜は火鉢を用意して、布団も一枚増やしたほうが良さそうだ。明日の朝には水が凍ってしまうかもしれないから、朝入用な分だけは暖かい場所に移しておかなくては。現代に生まれた早苗も時代遡行者たちを取り締まるべく幕末にやってきているため、この時代のことはなかなか難しい。パートナーとして、そして早苗が率いる部隊の隊長として頑張ってくれている加州のためにも、粗相があってはならないのだ。
「ねぇ、手が止まってるんじゃない?」
「あら、ごめんなさい。」
加州に言われて慌てて手を動かしはじめると、すこし癖のある髪の毛を低い位置で結う。ヘアゴムで結ぼうとしたこともあったが、彼が活躍した時代に影響されているのか、紐で結ぶほうが落ち着くのだそうだ。自然と毎朝支度を手伝う早苗も、紐で髪の毛を結わうことが得意になってきた。
出来ましたよ、と1つ肩を叩いてから立ち上がり、朝食の最終準備にとりかからねばと立ち上がった。
「早苗。雪は…綺麗?」
突然の質問に立ち止まり振り返ると、加州は髪を結われていた姿勢のままで、窓の外で本降りになってきた雪を見つめ、どこか辛そうな顔をしていた。よく小説や何かで「手を伸ばさないと消えてしまいそうな」などと言うことがあるが、早苗はそれをいま使うべきだと思った。
「寒いのは得意ではありませんが、雪は好きですよ。雪景色は綺麗だと思います」
「……そう」
加州は立ち上がるとズイと早苗に顔を寄せて、お互いの鼻先が交差するほどによってくる。彼なりのスキンシップなのだろうと今まで深く考えてはいなかったが、今日の行動は脈絡無く感じられた。何か苛立つようなことをしてしまっただろうかと考えるも、先ほど雪を見てぼんやりしてしまったことくらいしか思いつかない。
早苗は逸しかけた視線を戻してそっと彼の顔色を伺うと、歪められた眉に心臓が痛くなった。
「ねぇ。どうしたら俺もその仲間に入れる?」
「え?」
「どうしたら、早苗が綺麗だと思うものの中に入れる?どうしたら好きでいてくれる?」
加州が寝床に使っているこの部屋は、まだ火鉢のおかげで少し暖かいが、かすめた鼻先はとても冷たくなっていた。
彼が着飾ることが好きなのは、前の主の影響だと言う。沖田総司は田舎産まれなのを気にしていて、綺麗にしていないと師匠でもある近藤勇に嫌われるのでは。そんな風に考えていたのを間近で見ていたのだ。だから、今でもこうして身ぎれいにしていなければ、早苗が加州を不要だと思う日が来るのでは?そう考えていると以前ちらりと聞いたことがある。
「前にも少しだけ言ったでしょう?加州が綺麗でも綺麗じゃなくても、私の大切な相棒であり、私の部隊の隊長だって」
「そうじゃなくて。刀剣として、戦力として大事にされてるのは分かってる。そうじゃなくて…」
先ほどかすめた鼻先とは別に、今度は唇が触れた。
「俺の方が、絶対に長生きするでしょ?」
「そうですね。神様と人間を比べるのも無理があります」
「俺たち刀剣の付喪神って、本体が壊されない限り死なないんでしょ?」
「そのようですね」
「人間って寿命があって、いつか死ぬから子供を残すんだ。そのために誰かを好きになるんだって、この前次郎太刀が言ってた。ってことはさ、俺たちみたいにそう簡単に死なないうえに、好きでも子供作れないような存在は、主は好きになってくれないわけ?」
難しいなぁ。
早苗は口の中だけでそう言うと、加州の顔を両手で包み込み、お互いの額をこつんとぶつけた。太郎太刀や岩融たちほどではないにしろ加州も早苗より背が高い。軽く背伸びをするような姿勢のまま、かすめるのではなくしっかりと唇を触れ合わせた。
「私の部隊には、大太刀や太刀が多いです。でも、順番にしか連れて行かない。いつも近衛にしているのは加州だけでしょう?戦力じゃないんです。…いえ、精神的な意味で戦力になっていますが、私が好きだから隣にいてもらっているんですよ。」
「そう、なの…?早苗は、俺が好き?」
「当たり前です。好きだから、他の審神者が持っている常識を捨てて、私も剣を振るうのです。」
「俺が早苗を愛してたら、早苗も俺を愛していてくれる?」
早苗は目の前で小さい子供のように不安げな表情を見せた加州に微笑むと、両腕を彼の背中へと回して胸元に顔をうずめた。
「愛されて無くても、私は加州が愛おしいです」
「…音が篭ってて聞き取れないからもう一回。もう一回、愛してるって言って」
「聞こえてるじゃないですか」
耳元に何度も愛してる、愛してよ。と降ってくる言葉にほかほかと暖かくなる気持ちが嬉しくて、早苗は朝食の時間だと薬研が呼びに来るまでずっと離れることは出来なかった。
【 さみしがり 】
「おい大将、朝餉の準備がで………きたぞ」
「あー、薬研?見て分からない?俺と早苗、今お取り込み中」
「手前ぇ、主に手ぇ出すとは良い度胸じゃねぇか」
「隊員が隊長に歯向かわないでくださいー」
「黙れっ、主が誰のものでもないからこそ、俺たちは頑張れるのに…っ」
「早い者勝ちだから、こういうの」
「……なるほど、じゃぁ朝餉も早い者勝ちだな」
「あ、薬研待て!!」
「おーい、岩融!加州の分の朝餉は食って良いってさー!」
「駄目だから!駄目!朝ごはん食べないと美容に悪い!!」
2015/02/27 今昔
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