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【三】



白崎早苗は、その持てる実力によって看守の中でもそこそこお偉いさんに気に入られているらしい。なんでも、早苗が来てから罪人たちが言うことをきくようになったのだそうだ。その原因が洗脳術を行使しているからということを知っても、早苗が味方に使うはずがないとでも思っているのか、気味悪がられることはなかった。
何よりも、看守たちは風魔小太郎が捕らえられている独房へ彼女が出入りすることを喜んでいた。どうやら看守の中にも彼に取り込まれた連中は多いらしい。


「国家機関の犬が、何をしているのでしょうね。部下が罪人に惹きこまれて喜ぶだなんて」

「嫌なのか?」


早苗は小太郎に人形のように抱えられたまま、呟くようにそんなことはないと言って首を振った。
彼は早苗のことを気に入った、のとはまた違うのかもしれないが、部屋に花を生けるかのように自分の独房へと置きたがった。早苗には理解の及ばない範疇であるが、主君が望むのだからそれを叶えることは責務だ。逆らうこともない早苗に気をよくしているのか、小太郎も基本的に早苗に声を荒げたり嫌味を言ったりすることはなかった。

そもそもなぜ先ほどのような話になったのかといえば、一人の先輩看守がこの独房を訪れたのがはじまりであった。
先輩看守は罪人を連れてここへ来たのだが、すぐに中に早苗が居ると気づいたらしい。早苗がどんな様子で小太郎に"可愛がられている"のか気になったらしい看守は、そっと部屋を覗いてきたのだ。そして抱きかかえるようにして小太郎の足の間に座り、「陰陽術師が居る部隊で城を攻め落とす場合の戦術」について語り合っている二人を見て、にまにまと嬉しそうに笑って入室してきたのだ。
何故自分の部下が罪人として捕らえられている、しかもよりによって風魔小太郎と親交を深めることを喜ぶのだろうか。


「嫌と言いますか……本当に、理解に苦しみます」

「それは俺も同じだな、理解に苦しむ。どうしてここに居るんだい、白崎早苗?」


早苗は突然独房の中に聞こえた声に驚きはしたものの、それを表に出すことはせず、その声の主に視線を投げた。小太郎とそっくりな白髪と紫瞳、似通った艶やかな声と身のこなし。
彼のことはよくよく知っていた。白崎家も含めた曇家の当主である曇天火が拾い居候としている金城白子。早苗も曇神社に顔を出す度に見て知っていた。


「あなたと小太郎様が繋がっていると…気付かなかった自分に腹が立ちますね、これは」

「これでもソイツの双子の兄なんだが…。意外だよ、君みたいに鋭い子が気づかないなんてね、早苗さん。」


厭味ったらしく言われたその台詞に、早苗は眉間にシワをよせた。彼が風魔の忍であることはその見た目で知っていたし、昔のことは触れないというのが神社での暗黙の了解になっていた。だからこそ、別の場所で小太郎と知り合っても彼の存在へとは繋がらなかったし、何よりまさか白子が今でも風魔に通じているだなんて思いもよらなかったのだ。
早苗は眉間のシワをそのままに白子を見ていると、彼の人差し指がおでこにぐりぐりとおしつけられた。シワになるよと言う彼は、彼の発言で更にシワが深くなることに気づいているに違いない。


「それで、どうして俺と早苗が会うように仕向けたんだ?」


白子は指を離すことなく小太郎に問うた。


「問題があるのか?白崎家の陰陽師が身内についたんだ。お前にも伝えるべきだと判断したんだ。俺たちは二人で一つの存在だ」

「…言うわりに、随分と早苗さんと親密そうだけどな。俺も、彼女とそういう関係になっても良いということか?」

「お前も、変わった。あの場所で暮らすようになって、変わった。」


早苗は二人に挟まれたままで言葉の端々から情報を拾おうと必死になった。二人は二人にだけ通じるように言葉を選んでいるのか、早苗に分かることは少ない。ただ、双子、というのは彼らにとってとても大切で特殊な関係性であるのだろうな、ということは察せられた。早苗に双子は居ないので分からないが、「半身」という言葉があるように代えがたい存在なのだろう。
早苗は彼らが早苗に分からないように話しているのにも意味があるのだろうと、内容を聞いて把握はしても理解することは諦めた。


「つまり、彼女は俺たちの身内になるわけか」


彼らの話が一区切りついたところで、白子がこちらに顔を向けて目元を少しだけ緩めた。その様子はなんだか小太郎とは違っていて、暗い負い目のようなものが感じられなかった。もちろん、早苗の親族である天火のような人間と比べれば、何か憂いているような仄暗い雰囲気はある。しかし小太郎と双子で同じ境遇で育ったというには、少しばかり明るすぎるような気がした。
天火に似てきたのだろうかと思うが、それにしても、小太郎の時のように惹き込まれる感じがしないのは不思議だった。


「これからは大蛇様の復活のため、早苗さんにも動いてもら

「…白子さん。何か勘違いされていませんか?」

「なんだ?」

「私はあくまでも小太郎様に…あなたの弟君だけに忠誠を誓っているのです。風魔の犬になるつもりもなければ、大蛇復活を掲げる気もありません。私が心に決めたのは小太郎様への忠誠だけ。例え双子であったとしても、白子さん、あなたに付き従うつもりは一切ございませんので、ご承知おきくださいね?」


言い終えた早苗がすっきりした表情でふうっと息をつくと、ぽかんと呆気にとられたという表情で白子がこちらを見やっていた。その様子がツボにハマったのか、早苗を抱きしめたままだった小太郎が背後で小さく息をついたのが聞こえた。首元に柔らかな息がかかってくすぐったい。


「だ、そうだ」

「呆れたな。早苗さんは意外と強情だから、これは俺の言うことは聞いてくれそうにない」

「誰があなたの言うことなんて聞くものですか。」


早苗の発言に白子は楽しげな笑みを浮かべると、小太郎といくつか事務的なやりとりをしてすぐに帰っていった。
それからしばらく、早苗はまた小太郎と戦術について語り合うという、年頃の女性にしては少しばかり暗い趣味を楽しんだ。いつもなら退室する頃合いになり静かにその場を辞そうとすると、この日ばかりは何故か小太郎に引き止められた。
小太郎は早苗の手を引くと自分が寝床にしている場所に寝かせ、そして自分もその隣に潜り込んでくる。あぁ、今日は"そういう"気分なのかなと心構えをしたものの、予想に反してぎゅっと抱きしめられただけで小太郎は目をつむってしまう。
あれ?と思わないこともなかったが、これはこれでとても温かいし、なによりとても心が満たされるのが分かる。


「どうした?」

「いいえ、大変光栄だと思ったまでです、小太郎様」


いつもよりも柔らかい雰囲気の中、早苗は久々にしっかりとした眠りにつくことが出来た。











2015/01/29 モバイルサイトへ転記


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