悲恋







さみい。
さみいな。本当。
今日も雨だよ。

久々にスーツを着た。
俺には全く似合わないと改めて思い知らされる。

雨音
それが全部かき消した。
じゃねえとうるさくてしょうがねえ。


銀色に光るシンプルなピアスだけがスーツに映える。
あーあ。つまんね。

一応場の空気を読んでまるい背中を正した。














「明王ってピアス似合うよね。」
いきなり言われたその言葉。別に嫌な気はしない。
「どうも」
アクセサリーが好きな訳じゃねえけど、なんかピアスは好き。
いかつい感じのピアス。軟骨もいくつかついてる。
ゴツゴツしたような指輪も興味あるけど、邪魔だろうなって。
そういう目の前のヤツは、シンプルな指輪とかネックレスが好きらしい。
「お前はピアスつけねえの」
疑問符を投げかければコイツは別に興味ないと言った。

「でも、」
やつはそう繋げて俺の耳を撫でる。
「軟骨とかまで空けてるのはいただけないな。」
そんなの俺の好きだろ。
ちょっとへそを曲げたように言ってみる。

「痛そう。病んでるっぽい。チャラチャラしてるみたい。」
痛そうはともかく、後半なんなんだよとか思う。
まあお前が言うならそうなんじゃねえの。喧嘩腰に言えば困った顔をする。
「いかつすぎ」
不満たらたら。こいつのそういうとこ本当可愛くねえ。

「じゃあどーゆーのがいんだよ。」
言うと、やつはにやりと笑う。

「実はですね、今月ちょっとお金に余裕があったので、買ってみました」
と言って俺に何かの箱をみせる。
「何それ」
対して興味もなかったが、聞いてみた。聞かないと怒るし。
こいつはそれを待ってましたというように笑って
「ピアス。シンプルだけどかっこいいよ」
と、俺に差し出してきた。

こいつからプレゼントなんて珍しい。
まあ俺とこいつの稼ぎじゃ大したことないため毎月の生活費とわずかな貯金だけで精一杯だったから。
そんな今月は割と良かったらしく俺に買ってきたらしい。

そんなの貯金してあとで使えばいいのに。そんな言葉を飲み込んで俺は箱を開ける。

それは普通のシンプルなボールピアス。
「これいくらしたの」
「2000円しなかった」
まあそうですよね。
それにしてもこれ、何?話の流れ的に俺にくれるみたいな感じだよな。
聞く前に、やつはつけてみてよと言う。
こうゆうシンプルなの俺あんま似合わないと思うんだよな。
思いながらつけてみた。
やっぱり地味だわ。
「まあ、気に入らないなら私が使うよ。」
やつは俺の思ってる事を察したのか、自分からそう持ちかけてくる。
「俺に買ってきたんならいいよ別に」
照れ隠しで曖昧な返事になってしまった。
「別にって何よ」
「もらっとく」
言って受け取るとやつは嬉しそうに笑った。


だけど、本当にもらっただけで、つけることはなかった。

まあ、いつかの結婚式の日にでもつけてやろうかなんて柄にもなくそんなことを思っていた。
そして数ヶ月後。
あいつの誕生日の日に、まあいわゆるプロポーズをした。

やつは泣いた。嫌なのかと聞いたら、そんなので泣かんわあほ。だそうだ。まじ可愛くねえやつ。

嬉しい。嬉しい。ばっかり言ってもうそれは聞き飽きたから
とりあえずたまには夕飯食べに行くかと聞けばやつはうんと涙でいっぱいの顔で笑った。

そこであいつが言った。


あんたがじいさんで私がばあさんで、
幸せだったって思いながら死にたいね。


まあ、普通にみんなそんなもんじゃねえの。俺もやつと一緒になって笑った。




それから数週間して、子供ができたと聞いたとき、まじ泣くかと思った。別に子供とかできても大して気持ち変わんねえと思ったけど、やっぱ自分とやつの子供だと思うとにやにや止まんなかった。
それについて気持ち悪い言われてももうテンションあがりすぎて声あげて変な笑い方した。



その次の日。












雨の日の正午。


「は?」

やつの携帯から知らない男から電話があった。
その男は救護班の男で、やつが交通事故にあったという連絡があった。
詐欺だと思ったが、やつの携帯からじゃ何も言えない。

俺はすぐさま病院へ向かう。
生きてるかどうかの心配はあんましてなかったかもしんねえ。
だって、死ぬとかはないだろうって思ってたし。
でも、子供はどうなんだとか、やつの身体はどうなんだとか。

動悸がヤバかったのは覚えてる。

だけど、俺が病院につくなり、すぐ手術室みたいなとこに運ばれた時にはもう嫌な予感しかしなかった。
医者達や、やつの家族の背中が見えた。
泣いてる。

何で泣いてる。


やつの親父さんが俺に気付くなり泣きついてきた。
「なまえが…」
親父さんのやつの呼ぶ声にお袋さんが泣き崩れた。
その時に見えなかったやつの姿がそこにいた。


いや、あった。


やつの青白い顔。
でも、大きな傷は見あたらなかった。
俺は我を忘れ、親父さんや家族をはねのけてやつにつかみかかる。


おい、お前何してんだよ

そう叫んだ気がする。

やつの頬は冷たくて、まぶたはあがらない。
散々見てきて触ってきた身体の感触とは、少し違った。



なまえ

やつの名前を呼んだ。
のどがつぶれそうだった。

もちろんその呼びかけに答えることはなかった。

この日俺の未来はやつと一緒に死んだ。














雨。
さむくてしょうがねえ。

涙は一滴も出なかった。
実感はある。だって、毎日毎日嫌ってくらい一緒にいたんだ。
それが急にいなくなったんだ。

あれから、色んなことが羨ましいと思った。

飽きて別れる人間。
喧嘩して別れる人間。
嫌いになって別れる人間。

そんな奴らがすげえおめでたいと思った。

生きてればやりなおしが効く。

まじでいいなあって思った。

俺もやつと別れる時は飽きたり嫌ったり嫌われたりして別れたかった。普通に。


いや、一番良い別れ方はあの日やつが言った言葉。



あんたがじいさんで私がばあさんで、
幸せだったって思いながら死にたいね。



世の中うまくいかねえや。本当。
まじでその死に別れのが良かった。
嫁さんもらって、子供もできた。
そんなこと昔の俺は期待してなかったし興味もなかった。
だけど、手に入れて、幸せってもん知って。
そこから一気にたたき落とされた。

嫁さんも子供も奪われた。


でも、俺はたぶんやつ以外の女は女であって女じゃねえ。

もう俺はこの先毎日朝起きる度やつや、やつとの子供がいないことに絶望しながら生きていく。


乱れていたスーツを再び正す。

あの日から俺はつけていたピアスを全部外した。
そして左右ひとつずつのシンプルなボールピアスだけを身につけた。

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