バレンタイン夢






「霧野」
部活終わり。
いつも待ってるこの声が、一日の癒し。かもしれない。
「お疲れ。」バッグを肩にかけながら言う。もういちいち顔を確認しなくたってわかる。
みょうじなまえ。神童の幼なじみだということで知り合った。中学生というのにどこか大人びていて、かといって活発な面もあってなんだか一緒に居ると勉強にもなるし心躍る時もある。
「拓人は?」「神童なら先生のところに用事があるって言ってたぞ」真っ先に神童の名が出てこられるのに何故かちくりと胸に来るのは、自分がみょうじに抱いている気持ちが恋慕というものだと知っているからだ。
自分は学校生活を送る中で、部活もやっていて日々の暮らしも充実していて、その上恋心を抱く相手がいると、学生らしく青春を謳歌している。   
でも、苦いのも青春。たぶんみょうじの気持ちは神童にある。悲しいものだ。
「神童待つのか?」いつも一緒に帰ってるもんな。と苦笑いしながら言ってみると
「え?待たない待たない。」と笑って手を振るみょうじ。
「どうして?」聞くと逆にどうして?と聞かれる。
「え、もしかして私と帰るの気まずい?」と聞いてくる。
「気まずいとかないけど…てかその質問本当に気まずく思ってる相手だったらどうするんだよ。」
その質問はずるいでしょ。
「困らせて一緒に帰らせようとするのが女でしょ。」と、ううん…何言ってんのかよくわからんけど可愛い。
「ていうか別に付き合ってるとかじゃないんだからいちいち待って一緒に帰らないよ。」
と、笑う。いつも楽しそうに話すみょうじが好きだ。
「拓人がいないならたまには霧野とふたりきりも新鮮だなって。」
少し頬が赤いのは夕陽のせいだろうか。そう思おう。
はて、何を話せばいいのやら。急に息が詰まってきた。緊張する。
でも、気のきくみょうじはいつものように接してくれた。なんだか情けないなと苦笑いしてみた。
「そういえば、明日バレンタインだね。」ああ。バレンタインか。
「俺、義理チョコっていうより友チョコって感じでよくもらうぞ。」
と自虐気味に言うと「霧野女の子だもんねえ」と乗ってくれた。でも、冗談でもそんなことないよって言ってもらうのもよかったかもしれない。
「私、男の子にチョコあげたことないんだよね。」と、みょうじは笑いながら言った。
「へえ」とだけ返すと。
「拓人にもあげたことないの。義理とかもないね。」
と、なんだか自慢げに言ってるけど、そんなに得意げに言うことだろうか?女の子ってよくわからん。見た目女って言われるけど見た目で判断するな。
と、誰に怒ってるのかもわからないまま、なんとなく嬉しくなっていると
「今年は霧野にあげようかな。」
少し震えてたように聞こえた彼女の声に顔をあげるけど、彼女の表情はいつものようににこやかだった。
でも、
「は、それどういう意味。」
今の言葉の意味次第ではさすがに好きな相手でも、いや、好きな相手だからこそちょっと聞き捨てならない。
「怒ってる…?」
瞬時に察した彼女は困惑したような表情になる。
「女みたいだから俺にはくれるってことかよ?」
「え、そんな。違うよ!」
なんだそれ、なんだそれなんだそれわかんねえ。
なんか腹に力が入る。
「霧野…」切なげに悲しげに言う彼女の声に少し困惑する。
「そう捕えちゃったならごめん。だけどそんな嫌み私言わないよ。」
…まあ、そうだよな。
「だよな。俺のがごめん」
頭を下げると、なんだか急に恥ずかしくなってきた。なんだこれ、カップルの喧嘩みたいでかなり恥ずかしい。
かゆい。かゆくて湿疹できてんのかって錯覚するくらいかゆい。
かゆいっていうかくすぐったい。
「もう、なんか本当ごめん。」
言うと彼女はただ笑った。ていうか、男の俺にチョコくれるって言ってたけど、それってつまりそういうことなの?なら、本当に悪いことしたかもしれない。いや、勘違いならいいんだけどそれで。
勘違いじゃなければそれはそれですごく嬉しい。
義理でもいいから、欲しい。友チョコでもいいから、欲しい。
「バレンタイン、お前のチョコ待ってるわ」
と、いつものように笑ってやった。
そして別れの手を振った。今日も寒いな。明日雪降るかも。








と、バレンタインは遅くもなく早くもないスピードでやってきた。さっきみょうじからメールがあった。
先に部活が終わったらいつもんとこで待ってて。だそうだ。
向こうはバスケ部のマネージャーなので、いつも何時に終わるのかわからない。
なんかちょっと緊張してきた。
そわそわする男子の気持ちがようやくわかったような気がする。
それからの時間の流れは驚くほど早くて、部活にもあまり身が入らなかった。
なんか今日は本当に寒い。空も曇ってるし寒い。
部活が終わり、着替え終わり、いつも合流する場所で待っていると声をかけられた。
同じクラスの男子生徒だ。
「部活終わったの?」「ああ。」
誰か待ってるの?と聞かれ、みょうじと答えると
「みょうじかあ。今日バレンタインだし誰かにチョコやるって聞いてる?」
聞かれ、友達にはあげるって言ってたぞと言うと、彼はにやにやし始める。
「ねえ、あいつって男らしい男が好きなんだってな」
「へえ…」初耳だ。そんなの初めて聞いた。俺は対象外だって言うのはわかってたけど、先日の事もあり、なんだかやっぱり女ってずるいとへそをまげようかと思った。
そんな俺に追い打ちをかけるように
「今告白してるらしい。」
は?
「誰に?」
聞くと
「あのバスケ部の先輩いんじゃん?マッチョでホントゴリラみたいな」
と、おもしろげに言う。
「寒いから俺帰るわ。じゃあな」
と彼は手を振って帰路へ。ってそんなのはどうでもいい。
なんだ、告白って。
なんだ、男らしい男がすきって。

なんだったんだ、あの言葉は。
「本当に俺は女扱いかよ」
胸が痛い。

ずるい。
ずりいよみょうじ。
俺はみょうじの笑顔を脳内で黒く塗りつぶす。
もう、帰ろう。俺はみょうじを待たず帰路についた。


なんか足取り重い。寒い。なんか腹立つ。
時刻は6時半。もうすっかり遅い。
寒すぎるのであったかいお茶でも買おうと思う。
ベンチもあって風も通らないのでしばらくあったまろうと腰掛けた。
と、

「雪か…」
ホワイトバレンタイン…?
ロマンチックなんだろうな。でもこんなの俺は笑われてるようにしか感じない。
ああ、もう苛立ち通り過ぎて切ない。
失恋…?失恋っていうのかこういうことを。
はあ、ため息をついてうつむいていた。
すると、なんだかはあはあうるさい。
顔をあげると
「…みょうじ?」
なんでいんの。
「なんでいんの」
言うと
「なんで先帰んの」
と息を切らしながら言う。
「先輩に告白したんだろ?どうだったんだよ」言うと、みょうじははあ?と怖い顔した。
「冗談じゃないわよ。なんで私が告白しなくちゃいけないのよ。」
「いや、知らないし。」
どかっと俺の隣に座るみょうじ。聞いてもないのに話しだす。
「私、男らしい人がすきって言ったら、あの先輩体格いいからってそれだけで自分がすきなんだって勘違いして、俺が好きなら付き合ってやる。よ?なんなのよ…」
はあ、大きいため息。
「じゃあ何だ、その先輩は好きじゃないんだな?」
「あんな卑怯な男の何に惚れるのよ。」
珍しく怒っている。
「っていうかなんで先に帰ってるのよ。」
怒りの矛先が俺に向いた。
「いや、その先輩とよろしくやってるのかと思ったら腹立って。」
素直に言うと、彼女は眉間にしわを寄せて、
「ん。」
とだけ言って紙袋を突き出してきた。
「男にあげるなんて本当にないんだからね。」
「…ああ」
受け取ろうとすると、待った、と制止された。なんなんだ。


「好きです。」


いきなりきたその言葉は、構えていなかった俺に大きな衝撃を与えた。
「は?」
「好きだってば。」
反応の悪い俺に不安を抱く彼女。うそ。
「男らしい人が好きなんじゃないのか?」
言うと


「霧野は男らしいじゃない。」


かぁああっと一気に顔に熱が集まるのがわかる。
「霧野サッカーしてる時も、勉強してるときも、かっこいいじゃん。」
殺人並の言葉に心臓破裂するかもしれない。
ドキドキバクバク心臓ってこんなに跳ねるのか。
「た、対象外かと…」鼓動のせいで震える声で言うと
「霧野しか対象じゃない。」
と、再びチョコを突き出してきた。
俺は、

「霧野は?」


覗き込む彼女を、衝動的に抱きしめた。
俺は

今まさに青春を謳歌している。


雪が一層景色を白くした。

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