05
鈴鹿渚。
鈴鹿家の直系のご令嬢。
昔から僕は彼女との結婚を約束されていた。
いわゆる"いいなずけ"というやつだ。
そんな子供の将来を親の勝手な口約束にほとほと呆れた。
だけど
「むくろくんあそぼう!」
「渚は何して遊びたいですか?」
彼女は純真無垢で、可愛らしい"妹"だった。
そんな渚をも嫌いたくはなかった。
あくまでも妹としてだったが、彼女は好きだった。
だが、僕が大学に入った年。
ちょうど渚も高校に入った頃だ。
そう、高校。
彼女は特に私立学校に行くでもなく、進学校に行くでもなく、
普通の市立学校に行ったと言う。
僕は彼女にも呆れた。
金持ちとしてのプライドはないのかと。
令嬢としての構えもないのかと。
僕はそんな女と結婚させられるのか。
嫌気がさす。
元々もうその頃には彼女の顔も声も覚えていなかったし、本当に所詮口約束だったから、いいなずけということなんて忘れていたし、するつもりも毛頭なかった。
だけど、僕自身プライドを傷つけられたようでどうも納得いかなかった。
が、ある日高校の時の先輩が結婚したというので式に呼んでいただいた時に彼女に再会した。
どんな庶民がくるのだろうかと思った。
いや、寧ろちゃんとお嬢様をまっとうしているのかと。
会うと彼女はなんと中途半端なことか。
せっかくの女子高生特有の色香がありながら似合ってはいるが結婚式、しかもこのセレブ集まる場でのあの庶民的ワンピース。
彼女、そして彼女のご家族にわからないよう小さく小さくため息をふっと吐いた。
だが、一応いいなずけの間柄だ。
いずれは継ぐ会社のため彼女とまた連絡を取り合い、たまには会う関係にはなろうと思った。
彼女は嬉しそうに"おばあさん"の話をしようとした。
ワンピースだ。
彼女の口からおばあちゃんと言う単語が出た瞬間彼女を傷つけるようなことをわざと言った。
そして、しばらくしてから彼女と連絡を取るようになった。
別に深い意味はなかった。
バイト先に迎えに行くと彼女は嫌そうな、不服そうな顔をした。
生意気だと思った。
苛々した。
彼女の部屋に行くと出されたコップで疑問を感じる。
そして部屋を見渡せばすぐに疑問は確信になる。
男がいるようだ。
何故か一瞬色んなことを想像してしまい唾を飲んでしまった。
そんな自分に気付き眉間に皺を寄せた。
数日後、渚をまた送ろうと何故か足が進んだ。
スーパーで渚の疲れた顔を見て思う。
鈴鹿家のご令嬢が1日バイトをしてスーパーで食材を買ってアパートに帰るなんて馬鹿馬鹿しい。
送ると言うと彼女は"彼氏がいるから"と言った。
何が彼氏だ。
と、何故か拗ねていた。
だが、このまま帰るなんて僕が馬鹿みたいだと思い、食事に誘うと悩んだ末了承してくれた。
何故か彼女とゆっくり過ごせると思うと身体が軽くなった。
昔の気持ちが戻ってきたのだろうか。
"妹"として、可愛いと思ったのだろう。
そして約束の火曜日。
今日はたくさん話をした。
昔のように、たくさん笑った。
時間は酷く短かった気がする。
すぐにアパートに着く。
「ありがとう。楽しかったよ」
と、ふわりと笑った。
久々に再会したときはあんなにトゲトゲしていたのに。
いつもの彼女はどこか勝ち気で強がりなのに。
この一瞬の笑顔で心が満たされた。
"意外とモテなくもない"
そう今日も話した彼女だが。
"意外"なんかじゃない。
魅力的だと思った。
これは周りの男は放っておかないかもしれないと。
ふと、また彼女に触れたいと思ったが、やめた。
「また会いましょう。」
そう言うと、彼女はまたふわりと笑い、そうだねと言った。
「おやすみなさい。」
そう言いながら、僕は自分自身に言い聞かせた。
妹として、と。