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部屋は三番目に見てきた部屋に決まったらしい。
前のアパートの雰囲気にも似ていたし値段も立地条件も丁度いいし、安心した。と、言いたいところだけど、先日の母の言葉でまだ頭がぐるぐる回る。
夏季休暇まであと数日。つまり骸と二人暮らしできるようになるのにももう少し。楽しみなのに、混乱したままでうまく頭も回らない。
この前ここに戻ってきたばかりだけど、また引越しの準備。
無意識にため息が出る。ため息ひとつしたって別に気持ちが変わるわけではないのに。
このモヤモヤが消えることなく骸との同棲する日がついに来た。
と、同時に再びこの家を出る日がきた。

最近はよく書斎に向かっている父。今日もせめて挨拶だけでもと渚は父の書斎へ向かう。父はいつものように机に向かっていた。
母や自分が家を出て行った当時は書斎なんて全然使われていなかったのに。
母や自分がこの家をでてから心意気が変わってくれていたのだろうか。とりあえず、結婚などはまだまだ反対されているけど仕事もしない癖に反対なんてされていたら流石に縁を切っていたかもしれない。
父の背中が前と比べて少しだけ違うのは何なのだろうか?
何故か不安と微量の寂しさがあった。

「じゃあ、またいつ帰ってくるかわからないけど、」
ぎこちなく言うと父は渚の顔を見て
「…あくまで許しているのは同棲だけだ。六道家が…」
後半なにを言っていたのかは聞き取れなかったが、やはり先ほどのさみしさというものが反抗心に変わってしまったため、そんな父の独り言なんて聞き流してしまった。
「失礼します。」
とだけ言って父の書斎をあとにし、祖父母にも挨拶して再びこの家を後にした。
できればこの家に帰るのはこれを最後にしたい。

自分は骸の家に嫁ぎたいのだ。
今日から骸と二人きりで過ごせる。

なのに、なんでこんなにモヤモヤして
両親にも反対されてるんだろうか。

何故こんなにも寂しいのか。

涙が出たような気がしたけど、そんなのも気にならないほど頭が混乱していた。




もう荷物は元々送ってあった。骸は七時までバイトで帰ってこないらしいので、先に家具などを配置しておこうと気持ちを切り替えた。
初めて見に来た時はやはりどこかほこり臭かったけどもクリーンされていて清潔になっていた。
まずは寝室にベッド。一応ダブルベッド。なんとなく照れる。
洗濯機なども設置。テーブルもテレビも出し終える。それだけでも一人では時間がかかった。
あとの細かい物は明日にして、時刻は5時。そろそろ夕飯を作らなければ。
食材を買ってきて作り始めたのは6時近く。
急がなければ。骸が帰ってくる前に。
こんな忙しさでもやもやなんて気にしなくて済んだ。
とにかく骸が帰ってくるのが楽しみだった。



やっと作り終えたときに骸が丁度帰ってきたようだった。
「おかえり」
初お出迎え。
骸は少し疲れていたようだったけど、すぐにその表情は消えてはにかんだ。
「ただいま。」
照れたように言ってから、おかえりのちゅう。

いつもよりドキドキわくわくする。

今日1日、じゃなくてこれからずっとこの部屋で一緒に暮らせるなんて。
一緒にいるからこそ離れるのがもったいなくて、一緒に夕飯を食べて二人ではかなり狭かったけどお風呂にも入って、しばらくテレビをみて笑って話して。

それから一緒のベッド。

明日明後日とバイトが休みの骸。だけど今日はただ一緒に寝たいというと快く頷いてくれた。
明日もきっと忙しくて疲れるだろうし、なんとなく今日の幸せをセックスで忘れたくなかったから。
明日からならいいよと言うと骸はいたずら気にキスしてきた。

毎日一緒。

目を瞑る時に、一瞬だけモヤモヤを思い出したけど、幸せすぎてなんのモヤモヤか忘れていた。
静かに二人くっついて眠りについた。





しばらくして、骸との同棲にも慣れてきた頃。
骸は週5、6入っていたバイトのシフトを週4日程度にし、勉強もたくさんするようになった。
渚も給料の良さげな飲食店のバイトを始めた。
忙しくなると両親に言われていたことへのモヤモヤなんて考える時間さえなくなっていって、忙しくても毎日愛し合えていることを実感できているのが嬉しかった。
たまに小さな喧嘩もするようになって、それにさえ安心している。

骸の嫌なところも前より知れたけど、それさえ嬉しい。
自分の嫌なところも見せられるようになったのも嬉しい。

充実というものを知った。


「今日も暑いなあ」
外からは蝉の声がうるさいくらいに聞こえてくる。エアコンをかけたいくらいだけど、所詮学生のバイトの給料じゃそんなに贅沢はしていられない。
でも、こんな暮らしは全然苦じゃなくて、むしろ昔の田舎に住んでいた時のことを思い出されてまた楽しかった。
渚は勉強する骸にうちわでふわりふわりと仰いでやる。
骸はそれににっこり笑った。
最近は心地よい。

静かな蝉の声は二人の気持ちを穏やかにさせた。




その日の夜。
窓を閉め切って、エアコンをかけた。
「あっ…やぁぁっ…!」
この時ばかりはエアコンをかけた。かけざるを得なかった。
壁の薄いアパート。隣には若い男が二人暮らし。
話し声も聞こえるのだから骸も渚も神経を使う。
どうしても止められない行為で、
どうしても渚も声が出るので暑いのに布団をかぶって行為に浸った。
「ああっ、んああ…!」感じるままに喘ぐ渚に骸はハラハラ。
「声…も、ちょっと抑えないと…」
誰だってそうだけど、こんな声は他の男に聞かせるなんて考えただけでも鳥肌が立つ。
隣に住んでいるのが女性なら良かったのに。
そこだけに骸は不服を感じた。


いく。その渚の声を合図に果てると、しばらくしてかぶっていた暑い布団を剥がす。
はあはあと忙しく二人の息遣いだけが少しの間だけ響いた。
くらくらして頭をおさえている渚に骸が水を渡す。いつもの行動に二人は笑いあった。
「そうだ渚。」
骸は思い出したように渚に言う。
「何?」



「明日、夏祭りですね。」

骸が微笑んだ。
夏祭り。そうだ、
そうだ。

「もうそんな時期なんだ。」
呆気に取られた。なんだか、なんだか長いようですごく短かった。
「1年経つんだ…」
嬉しい。嬉しかった。
渚、と骸が渚の名前を言う。

「明日もちろん行きますよね?」
嬉しそうに微笑む骸。
うん。


1年前の今の自分は吉徳との関係を断ったばかりだった。
1年後の今の自分は骸と同じ部屋に住んでいる。

1年前も幸せな日だった。
1年後の明日も幸せな日でありますように。

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