60
「おかえりなさいませお嬢様」
久々の帰宅に使用人がみな頭を下げる。
「お出迎えありがとう。」
渚はそれだけ言うと、すぐに自室に向かう。

部屋に籠もりたい。

あのアパートにいた時のように
"独り"を感じていたいんだ。


そんな渚の部屋にノックの音が響く。

「どうぞ」
ドアを開けて顔を覗かせたのはやはり
「おかえり渚。」
父だ。
「…ただいま。これで満足?」
後半憤りを声に染み込ませる。
父はそんなもの効かないというように
「来週、会って欲しい方がいらっしゃるんだ。」
渚はキッと目つきを鋭くし、
「何よ…帰ってきてやったんだからいいでしょ!?」
きっと見合いみたいなものだ。
恋人がいると知っていてこの父親は
渚はベッドに身を投げる。
「骸君がお前を本当に愛していけるか俺にはわからないんだ。」
渚は父のその言葉に一瞬殺意さえ覚えた。
「渚が骸君を好きなのも、骸君が渚を好きなのも見てわかる。だが、それが時間がたったとき、愛が残るかわからないんだ。」

父が自分のことを考えてくれて言ってるというのがわかる。
わかるが、
「だからってそこら辺の金持ちになるわけ?」
「…あぁ。お前のことを愛してくれるかもしれない。」
渚は握ってた枕をドアに投げた。

「じゃあ会ってやるわよ!わかったから出てって!!」
渚がそう言うと父は困ったようにため息をついて
「それじゃあ今日はゆっくり休みなさい。」


渚は虚しさと先ほどの衝動的な言動に後悔した。

会うと言ってしまった。


骸と結ばれずに傷つくより、
骸と結ばれて傷つくことを選びたい。













渚の父は自分の書籍に戻って、癖になっているため息をまたついた。

「じゃあお前は…」
父は小さい渚が笑顔で写っている写真を撫でた。

じゃあお前は

骸君と結ばれ、

そして愛されなくなる。
好きも嫌いもない。
関心さえ抱かれなくなった時。

それをも耐えられるというのか?













渚は翌日、いつものように起きた。
広い部屋。
普通の女の子ならきっと憧れる部屋。
だけど
何にもないんだこの部屋には。
やはりここには戻ってきたくなかった。
どうすればこの家から抜け出して、再び自由に過ごせるだろうか。
また監視されてるようなこの場所で暮らすのだろう。

渚は重いからだを起こして学校に行く準備をした。


学校に向かう途中、当たり前だが男性を見かける。
通りすがる。

たまに視線を感じる。

ただの自意識過剰なら本当にいいのに。


きっと女子学生
いや、女性はきっと誰かしらに見られるんだ。
その大半が中年男性。

じとっと重たく舐めるように太ももから上に女性の体を見る。
現に、渚はよく高校生がそう見られているのをよく目にする。

公共の、バスや電車の混雑時は乗らないようにしている渚。

これでも痴漢にあうことがたまにあった。


中年男性は苦手だ。
若い男より、中年男性の方が怖い。

だから、嫌なんだ。
ただでさえ見合いなんてしたくないのに、相手が中年男性なんて思うだけで。


渚は吐き気を覚えた。
きっと会った瞬間、相手は自分の容姿を確認したあと、体を見定めるに違いない。
容姿も体も好みじゃなければ捨ててくれればいい。



渚がぼーっとしていると、
「ーい。おーい聞こえてますかあー」
はっとした途端目の前に見知った顔。
「あっ先生…?あれ、学校ついてたんだ…」
そんな渚に何言ってんだこいつと変な顔をする先生。
が、渚がぼーっとしているのをみて
「お前なんか悩んでるのか?」
言う先生に渚は、ううんと笑ってみせた。

「今日は二時間しか授業ないから保健室行くね。」
と誤魔化すように渚は教室へ向かった。













すぐに授業が終わり、渚は保健室に向かうか悩んだ。
篠木は今日は授業が午後から夕方まである。今日はすれ違いだった。


渚はとりあえず無意識に学校を出ようとしていた。
が、

「おいこら。」
渚は肩を跳ねさせる。
「寄れって言ったろ。」
と、渚の首根っこをつかむ先生。
「ちょえっ…離してくださいお願いしますまじでっ」


ずるずると保健室へ向かっていく。

先生がドアに手をかけた瞬間、

「何されてるんですか?」
渚を引きずる先生の手首をつかむ手。

「…ごめん。誰だ?」
先生は気まずそうに言う。
「六道骸と言います。それより、彼女をどうする気です?」
なんだか空気が変になっていってることに気づき、渚は先生に捕まれて変な体勢のまま
「む、骸別に先生に犯されるとかじゃないから大丈夫だよ?」
と弁解する渚に、先生は
「もしかしてこいつの男か?」
骸を見る先生。
骸は少し座った目で、はい。と言い放つ。
「悪い。人様の女乱暴に扱って。」
と渚をはなす先生。
「しかしお前男いそうに見えなかったなあ」
と笑う先生。
「いや、失礼すぎなんだけど…」
呆れる渚を骸が見る。
渚は骸の視線に気づいて、

「あ、骸こちら保健室の先生。最近友達とあたしと3人で仲良いんだ。」
骸は、渚とこの若い教師が二人きりだったわけではないと知り、少しだけ表情を緩ませた。

「六道だな。お前も中、入れ。」
と、骸も招いて少し早めのティータイムが始まった。





意外と骸と先生は気が合うようで、なんだか仲良くなっていた。
今はコーヒーがどうのということで話している。

骸がこうも人と楽しそうに話すのは初めて見たから渚も自由に話をさせようと思っていたが、
あまりにも置いていかれていてすごくつまらない。

渚は二杯目のレモンティーを淹れる。

それを口に含んだ瞬間、
「…で?」
いきなり先生がそれだけ発した。
「…は?」
「何か悩んでんのか?」
突然のそれに生唾を飲む渚。
今それがくるのか。
骸も渚を覗き見た。
「渚…?」
渚は骸のオッドアイをみて素直に話した。



「約束が違うの。この前、お父さんは家に帰ってきたら見合いは見逃すって言ったのに。」
「……。」
骸には言うつもりはなかった。
もうバイトをし始めて骸だって新しい生活リズムに精一杯なのに。
「ただそれだけだよ。」
言うと骸は困ったような表情に。
「…ごめん。」
謝る渚に骸は首をかしげる。
「何故謝るんですか?」
「……」
渚はただ首を横に振った。
先生がそんな二人をみて
「…お前の親父さんはお前を不幸にしたくてしてるわけじゃないってわかってるんだろ?」
渚は先生の言葉に怪訝な顔をする。
そんな渚に
「お前の親父さんはお前が大事だからこそじゃないのか?」
渚は顔を俯かせる。
「六道、働きだしたって言ったな。もし一緒に暮らしたいってなったなら、しばらく様子くらいは見てくれるんじゃないか?」
先生は二人が同棲を考えてたことを知ってたみたいに言う。
「…誠意を見せれば理解をいただけるでしょうか。」
骸がじっと先生を見つめた。
先生は骸のまなざしを見つめ返し

「ああ。」
静かに、だけど力強く言った。

















渚の気持ちとは裏腹に、見合いの日はすぐにやってきた。
渚はいつも以上に華やかなメイクと洋服にさせられた。
渚は不機嫌そうな表情のまま父と約束のレストランへ。


個室の前に連れて行かれ、ドアをノック。
どうぞ、と相手の母親だろうか?
女性の声のあとにドアを開けた。


「…は、はじめまして。」
そこには緊張をまとった好青年が立っていた。

とても好感の持てる清楚なイメージの男性だった。
渚は中年男性中年男性と構えていたため拍子抜けした。
渚もはじめましてとあいさつを返した。

だが中年男性だろうが好青年だろうが、気持ちは変わらない。

渚はできるかぎり素っ気なく振る舞った。
相手には悪いが、自分には愛する相手がいるのだ。


渚はただ料理を頬張った。
そんな渚の態度のおかげで相手も困ったようにするだけ。
もうお互いの親同士が気をつかって話すだけだ。


そんな時、これでは駄目だと思ったのだろう。
渚の父が
「では、私たちはもうこれで…」
と、
「あとは若い二人で」
と相手の母親も言うと、二人は出て行ってしまった。

いきなり訪れた沈黙。


渚はどうすればいいのかわからずただジュースを口に含んでいると

「…渚さん」
相手から声が投げられた。
さすがに無視は人としてないので、なんでしょう。

「なんか、巻き込んでしまって申し訳なかったですね…」
巻き込んでしまった…というような表情の渚に彼は
「実は私、結婚を決めた彼女がいるんです。」
渚はその言葉に顔を上げる。
「ですが、彼女と私は身分に差がありすぎると親が反体してまして…」
困ったものですと、苦笑いする彼に渚はやっと微笑んだ。
そんな渚に彼は一瞬見とれた。
「私も一緒になりたい男性がいます。そして同じく反体されて今に至ります。…お互い相手がいるのに。」
そんな渚の話に彼は目を丸くして微笑んだ。

「無駄足のようでしたね。ですが今の話を聞けてよかったです。」
渚は彼の言葉に苦笑い。
「お互い頑張りましょう。」
渚が言うと彼は頷いて

「じゃあ帰りましょうか。」
渚は安堵のため息をついた。





そしてわかった。

わかっていたことがわかった。

自分たちのように結ばれたくてもそれを許されない人たちがいる。




戦わなければ、





「あたしは骸しかいらない。」

|

[しおりを挟む]
[Back]


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -