59
吉徳と別れたあと、骸のメールを見て無意識に携帯を耳にあてていた。

すでにコールの音が耳に響いたと思えばすぐに骸は電話にでてくれた。

「もしもし?骸」
渚は無意識に表情が穏やかになっていた。
今日はスッキリしてとても清々しい。
「どこに決まったの?」
『イタリア料理店です。』
渚は骸がウェイターで注文を受けている光景を浮かばせた。
不覚にもときめいた自分がいた。
「…無理はしないでね。」
電話の向こうの骸は自信に満ちていて、大丈夫ですよと微笑んでる。

「あたしも、家とのいざこざっていうか…うん。ハッキリさせるね。」
それを言う頃にはアパートの階段を上がっていた。

カンカンという音が聞こえたのだろうか、
『明日ですね…』
骸は少し元気なさげに言ったが、
『今から少し顔見に行ってもいいですか?』
渚がうんと答えると、では、とだけ言ってすぐに電話が切れた。
渚はそんな骸をつい笑ってしまった。

そしてもう最後かもしれない、アパートの鍵を差し入れ回した。



そう時間がたたないうちに、インターホンが鳴った。
そしてすぐに鍵の回る音。

「お邪魔します。」
骸がきた。
「いらっしゃい。」
骸は手にコンビニ袋をさげている。
早速それをテーブルに。
アイス2つと飲み物。
「ありがとう」
渚の微笑みに骸はほっと息を軽く吐いた。

「何か…僕やっぱり坊ちゃまだったんだなって…」
急に弱気になる骸に渚は首を傾げる。

「どうしたの?」
渚の手を取り、肩に顔をうずめる骸。

「自分でバイトを探して、面接し、どこか物件を探すと決めて…一気にものを自分で決断して、でも動くとなんだかちょっとソワソワして…」
「…」
あまり言葉がまとまっていないのに、渚はそれが痛いほどわかった。
「当たり前じゃないかな…?少なくともあたしも、一々緊張したり、怖くなったり自信なくなったり…」
骸は顔をあげた。

渚はにかっと笑ってみせて
「これからきっと失敗したり怒られたり怒鳴られたり落ち込んだりいっぱいある。けど、それを知って損はきっとないよ。」
骸はまたほっと緊張の息を吐いた。
だんだん表情が緩んでる。

「苦しいことばっかだけど、泣いたこともたくさんあったけど、それは知ってていいことだよ。」

骸も、そうですねと笑った。
「アイス溶ける。」
そう言ってアイスのフタを開ける渚に、骸もアイスの袋を開ける。
アイスを頬張る骸に
「大丈夫でしょ。」
渚が言った。
骸はまた渚を見た。

「あたしもいるから。」
渚の一言に

「抱いてもいいですか。」
骸は鼻血を垂れ流しながら言った。
「帰れ」














最後の1日。
いつも通り夕飯を食べ、
風呂に入り、
テレビを見て、
一緒に笑い、
たくさん話し、
ベッドで寝た。



あまりにも平凡で、
あまりにもいつも通りで、

あまりにもあっさり眠りについた。



あまりにも早く

朝がやってくる。














あっさりすぎていつも通りすぎて

渚はいつも通りに起きていつも通りにごはんを作り、骸を起こしてごはんを取った。


そして、最後の片付けにかかる。

だんだんと
じわじわと

やっと実感がわいてきた。



「もう、最後なんだ…。」
引っ越し業者がきた。
骸が手伝ってくれたおかげで、物凄く早く片付けが進む。


最後に、今朝まで使っていたテーブルをトラックに運んだ。
引っ越し業者はお疲れ様でしたあと元気な挨拶をしてトラックは鈴鹿の家へ。

最後に軽く雑巾をかけたら終わりだ。

このまま行ったって、管理会社の人達がまた掃除するのはわかっている。
だけど、
お世話になったんだ。



おばあちゃんと
吉徳と
骸と過ごしたこの部屋。


床、壁、畳、窓すべてにお世話になった。

すこし傷んだ一部の床。
所々傷がある壁。
ジュースをこぼして作ってしまった畳のシミ。
気持ち開けにくくなった窓。



狭くて
暑くて
寒くて
庶民的な

このアパートを出る。






アパート会社の社員が来た。
鍵を渡す。


渚と骸はアパートの門出た。

「お世話になりました。」
渚が言うと骸は渚の手を引く。

「お家まで送ります。」
「うん。」

今日から"お嬢様"に戻る。



渚は慣れ親しんだアパートを後にした。

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