14
果てた瞬間骸を襲ったのは激しい後悔と絶望だった。
気を失った渚をみて骸はまた気持ちを抑えられなくて噛むようなキスをした。
「渚…」
ぎゅう、と力無い渚の体を抱きしめる。
そして服を着せ、居間からすぐ隣の寝室のベッドに寝かせ、布団をかけてから骸は上半身だけ裸のまま、水を一杯飲む。
するとぐん、と体が楽になる。
変に火照って理性を無くした体が楽になった。
絶対何かがおかしい。
骸は当たりを見回していると、片付けるのを忘れていた食器。
もう空の麦茶の容器を睨んだ。
骸は
「そろそろ出てきたらどうですタカヨシ君」
「吉徳なんですけど?」
ガサゴソとベッドの下から出てきたのは渚の恋人である吉徳だった。
骸もまさかと思って言ってみただけだったのだが、気配にも気づけなかったなんてと骸は眉間にしわをよせた。
だけど、そんなことより
「…」
骸がずっと睨んでいると吉徳はぶはっと笑って、
骸が聞きたいこと全部を話し始めた。
「俺は渚とあんたが帰って来る前からここにいたよ。」
吉徳はにやりと笑ってどかっと骸に見せつけるように"自分の"座椅子に座る。
「まぁ、渚が浮気してんのか調べたくてさぁ」
あっはははと笑って話す吉徳に一々苛々する骸。
「でさ、ちょっとだけ麦茶に媚薬混ぜたらすぐエッチしちゃうし!何、犬かよ!交尾かよ!超動物的だったんだけど!まぁそんなもんなのかね?男と女って。俺もあんな腰つきなのかなー?」
骸はギリッと歯を食いしばった。
「渚っ…!とか言っちゃってあっははははははは!」
「…で、何ですか?」
吉徳は馬鹿笑いをやめ、骸を見た。
「あんた渚と付き合ってるとか言わないよな?」
「っ……。付き合ってたらどうなんですか?」
付き合ってなどいない。
自分の片思いで、軽率な行動をとってしまった結果だった。
理性を抑えられなかった。
だけど、見栄でこの男には言いたくなかった。"僕の片思いです"と。
骸は余裕を装い続けた。
「君も見たでしょう?聞いてたでしょう?彼女の表情。彼女のよがる声。」
「っ…!」
吉徳のその一瞬の隙を骸は逃さなかった。
「どうせ乱暴な君じゃ、彼女を精神的にも身体的にも満足させられないでしょう。」
言いながら骸は渚に謝った。
何て男なんだ僕は。
そう自分に呆れた。
だが、これで引き下がってくれると思った骸だったが、吉徳の口元が上がった。
「じゃああんた何であんなに謝ってたんだよ?」
「そ、それは…」
「渚と本当に付き合ってんのかよ?え?もしかして嘘?ノリでいけると思って渚襲ったんじゃないの?あの犬みたいな交尾みたいなすごいエッチ!あっひゃはは」
黙れ。
殴りたい殺したい消したい。
でも、それは自分にも向けた刃だった。
彼女を前に気持ちを全く抑えられなかった。
いつも極力触れるのを抑えてきた。
彼女に一度触ったら、その先が何故か怖くて
髪一本撫でるだけで胸が苦しい。
彼女を怯えた顔にさせたくなくて
彼女を失いたくなくて。
昔から僕は彼女も彼女のお祖母さんも大好きだった。
それは彼女との仲が疎遠になろうが、彼女の顔も忘れようが、彼女に感心がなくなろうが、僕には大切な子供の頃の思い出だった。
それは今もずっと変わらない。
ただ変わったのは
昔の僕が彼女を好きだった。
その"好き"の種類がこの年頃になり、再会し違う、もっと深い"好き"に変わった。
昔親同士で結ばれた口約束。
そんなの関係無しに僕は彼女と結ばれたい。
そう思っていたけど
骸は吉徳を睨んだ。
彼女には恋人がいた。
だけど、こんな下品な男すぐに振らせ渚をゆっくり自分に向かせていくつもりだったのに
その希望を未来を自分が閉ざした。
「あんたもう渚に会うなよ」
と、にやりと笑って顔を覗き込んできた。
骸は思い切り吉徳を殴り、床に殴り倒した。
「それはこっちの台詞…!」
ちゃっと目の前に小型の機器。
それを理解する前に
ピッ…
『…「はぁっ…」
「動、きますねっ…」
「ぇやっ…!!」』
少しのノイズに
肌と肌のぶつかる音、
水温
そして
『「ん"…渚っ…!」
「あっ…やぁ…っっ…うんんんっ…!」
』
男女の喘ぎ声。
先ほどの自分たちの声だ。
激しく嫌な予感。
「何を…?」
吉徳はにやりと笑って
「今度またこれやったら校内放送でこれ流すから」
骸は鋭い目つきで睨んで言った。
「そんなこと君できるんですか」
「おお怖い怖い。だって俺結構モテんだよ?」
「だから何っ…!!」
吉徳はまたにやりと顔に影を落とし
「あんたの声と俺の声は似ても似つかない。俺とのエッチじゃない。渚が他の男と…つまり渚は淫乱女?」
汗が流れた。
「まぁとりあえずは俺が好きな女子達に目つけられるだろーなぁ」
こいつは
吉徳はわかっているんだ
「あんた渚が泣くの嫌だろ?」
卑怯者だ。