大尉は喋らない。
いや、人狼であるがために喋れないのかもしれない。もしそうだとしたら言葉は理解できるのに喋れないとは酷なことだ。だが、何百年と生きてきた人狼である大尉にとって言葉を発声できないことなど今さらどうでもよいことなのだ。声以前に名前だってないのだから。
大隊に入る迄は"大尉"という階級名さえなかった。それも所詮、階級名。この階級が大尉の価値にもあたる。上にいかなくば下にもいかない、大尉が死ぬまで、あるいは大隊自体が滅ぶまでは一生変わることはないだろう。

人狼部隊。
通称ヴェア・ヴォルフの隊長でありその下には特殊な能力を持つものが数名、なかには大尉のように獣耳を持つ者もいる。けれども皆、もうじき戦禍の中で塵のように消え去る。それもあの太ったチビの少佐の計算の内、自分さえも地獄に追いやろうとする戦争狂。

大尉は死を恐れてなどおらず漠然と生きてしまったこの長い時間を終わりにしようと考えていた。だからこうしてあの男についてきたのだ。狂ってはいてもその中に自分の求めるものがはじめてあったのだから。

「……!」

気配を感じた大尉が振り返るとヴェアヴォルフの一人であるエリーゼがいた。彼女は存在自体が特殊だ。なんたって悪魔なのだから。
彼女にとって争いは非常に愉快なもので、戦争だってオペラかなんかにしか見えない、少佐並みに狂った悪魔なのだ。しかも、何を考えているのか分かりにくい。
そして今も何をするわけでもなくただ立っている。

「名前ないの?」

唐突な質問に数秒遅れて大尉は頷く。エリーゼは考える素振りを見せ暫くしてから口を開いた。

「ハンス・ギュンシュ。素敵でしょ、貴方にあげる。地獄へのお土産よ」

皮肉たっぷりに笑うと悪魔は何処かに消えた。

死を目前にして名前を貰えるとは思わず流石の大尉も驚いた。名前とは不思議なもので階級では得られない存在価値を感じることができ、皮肉で言われたはずの言葉もハンスには純粋によい土産になる。

(Danke)

声としては伝えられないが心の中で強く思った。


飛行船はロンドン上空に到着し、吸血鬼と化したナチスの兵は次々に降り立った。燃える町の中、無惨にも殺されて逝く人々、到着したイスカリオテの狂信者達に殺される兵士。全てが少佐の望み通りに進んでいた。
リップヴァーンは完全に役目を果たし吸血鬼アーカードに喰われ、ゾーリンは虫けらのように殺され、シュレディンガーはナイフを持ち、悪魔エリーゼは業火に消えた。
ついにスポットライトはハンスを照らした。待ち望んだ死はもう目の前、大尉としてではなくハンス・ギュンシュとして。

ハンスは両手に持つモーゼルのトリガーを勢いよく引いた。











名前ネタ書きたかったので。恋愛要素皆無ですね。



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