ざあざあと降り続ける雨は局長室の窓を打つ。弾けるような音は楽器のようだ。湿気でジメジメしている室内では電気も点けずに机に向かいひたすらペンを動かしている若い男が一人。雨の降り続ける音に負けないくらいカリカリと音をたてながら書類にサインをしている。どれだけやっても山積みの書類は消えず疲労が増すばかり。このまま続けていると腱鞘炎になりかねない、と眼鏡を外して席を立ち、窓の外を見る。晴れていたら子供達が遊んでいたはずの園庭には案の定誰もいなかった。雨は止みそうになければ勢いが増す訳でもなく淡々と降り続けている。しかも何日か前から。雨が嫌いという訳ではないがこう何日も降ると流石に気が滅入る。山積みの書類が片付かないのも雨のせいにしたくなった。

ジメジメとした部屋に籠っていると考えまでジメジメしてくるので、マクスウェルはとりあえず部屋から廊下に出た。湿気自体はなくならないが狭い部屋に籠っているよりはずっとましに感じる。長い廊下を歩いていると何人もの局員とすれ違う。雨が降ろうが降らまいが13課は今日も忙しいようだ。
イスカリオテの最大兵力であるアンデルセン神父はこの雨の中、化け物退治へ、ハインケルと由美江の二人は異教徒潰しに、皆よくやるもんだ。一人を除いて。

フラフラと施設内を歩いているうちに玄関ホールに来ていた。たまには雨の中を歩くのもいいかもしれない、とマクスウェルは玄関の傘立てに掛けてある黒い大きな傘をさし外に出てみた。
ぴちゃんぴちゃん。
水溜まりを踏むのはいつ以来だろうか。水面に写し出されたマクスウェルの顔は酷く歪んでいた。まるで心の片隅に潜む哀しみを写し出しているかのように。忘れてしまいたいが忘れる訳にはいかない、マクスウェルは拳を握り締め、門を抜けた。
街に出てみたが人通りは少なく、いつも賑わっている店にも活気が余り感じられない。ただ、雨に濡れてはいても美しい建物はそれだけで絵になる。マクスウェルはというと、何処に行くわけでもなくただ目の前にある道を進んでいる。その姿は何処となく、降り続く雨に似ているかもしれない。雨と同化して今にも消え去りそうなマクスウェルは狭い路地裏に入り込み、そして目を見開いた。
瞳に写ったのは雨の中、傘もささず地面に座り込んでいる銀髪の少女。近づいてみれば所々に痣ができている。マクスウェルが近くに寄ってきたのに気づいてないのか、少女は項垂れたまま。その体は細かく震え、息は白い。雨に打たれている猫のようだ。マクスウェルは自分が濡れるのも構わず少女に傘をさし、声を掛けると少女の肩はびくりと揺れた。

「誰…?」

怯えているのか声は震えている。けれど血のように赤い瞳はマクスウェルをしっかりと捉えていた。

「エンリコ=マクスウェル。安心しろ、ただの司教だ」

泣く子も黙るイスカリオテの司教がただの司教である筈ないがその言葉に少女はほっとし胸を撫で下ろした。

「名前は」
「…グローリア」

他にもいくつか聞いたがわかったのは名前と年齢それから両親がいないことだけで、他のことは一切覚えてなく自分が何故ここにいるのかさえわからないという。孤児だとわかったので、とりあえず施設に連れて帰ろとマクスウェルはタクシーを呼んだ。

「タクシーを呼んだ。グローリア、俺の孤児院に来い。歩けるか」

マクスウェルの問い掛けに頷くと、よろめきながらもゆっくりと立ち上がった。


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