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※「夏に私を見つけて」の続きです


SNSの通知音が、ぴこんと音を立てた。

「キャプテン、またスマホなってますよォ」

「知ってる。うるせぇ」

「ははっ、機嫌悪いっすねぇ」


もうこの通知音には辟易としていた。
だから嫌だと死ぬほど言ったのに。

俺のスマホがこうして頻繁に音を立てるようになったのはつい先日からだ。
大学に入学してからも、何かに付けてSNSやメッセージアプリを交換しようと言う女は引くほどいて、片っ端から断っていたそれが落ち着いてきたかと思った矢先、大学2年に上がると同時に押し付けられた入学式の手伝いで下手な目立ち方をしてしまったせいで、今度は1年や他の大学のやつからも声をかけられるようになった。
この時点で鬱陶しくて仕方がないのに、さらに面倒臭い事件が先日、起きたのだ。

1から10まで説明をするとこれもまた死ぬ程長くなるのでもう割愛する。結果だけを述べると、SNSの謎のトークグループに参加させられた俺は、知らない内にとんでもない人数の女に友達追加され、そいつらからひっきりなしにメッセージが来るようになってしまったのだ。

本当に、不本意極まりないし、不快なことこの上ない。


「女の子からこんなに通知来たら俺なら嬉しいんだけどなぁーー」

「ぬかせ、変わってやるよ」


わっはっは、と呑気にシャチが笑っている。クソ、腹立つ。

「いい、もう、ペンギン、ソレの電源切っとけ」

「へー、いいんすか、切っちゃって」

「どうせろくでもねー通知しか来ねぇんだ、いちいち集中切らされちゃたまんねえ」

「アイアイ」

シャチが「そしたら俺らの連絡も見れなくなっちゃうじゃないっすか、全員ブロックすればいいのに」とボヤいているが、そんな面倒くさいことに労力を割く方が腹立たしい。こっちは暇じゃねぇんだ。

投げ出されていたスマホをペンギンが受け取って、俺の顔にかざす。顔認証でロックが解除された。自然と並ぶ通知が視界に入る。一瞬見えただけで、なにやらカラフルな絵文字が並んだ文字数の多い文にほんっと煩わしいな、と舌打ちをしそうになった。
視界からそれが消えた後にもまた、ペンギンの手の中でぴこん、ともう一度音を立てて、シャチが「めっちゃ鳴りますね」と笑う。

ああ煩わしい、とやっと静かになる。という気持ちで広げていたテキストに視線を戻したとこらで、隣からくつくつと声を押し殺して笑うような声が聞こえた。

「どしたのー?」

「いや、ちょっと、すんませんキャプテン。ちょうど通知が来たんで触っちゃって、既読つけちゃいました」

「じゃなんでそんな笑ってんだよ、ペンギンちゃん」

ペンギンとシャチの会話に、返事はせずに耳を傾ける。

「ちょっと、面白くて、この子」

見てください、と机に携帯がぽん、と置かれる。
俺もペンギンを笑わせた奴が気になって、ちらりと目を向けた

短いメッセージと共に、写真が並んでいる。
青い空の中に、ぽつんと真っ白な雲がひとつ。
それが、なんだか懐かしい形に見える。


“泳いでるシロクマいました”


「ぶっ」

シャチが吹き出して、「なんだそれ!」とげらげらと笑いだす。

「でもなんか、シロクマに見えるよな」
「おれも見えてきた。こりゃ泳いでんな」
「呑気な顔で泳いでんな」

俺だけが、それに具体的な思い出を描いているのだろう、けれど、何故か2人も、懐かしそうな顔をしているように見えた。

すると、ポコ、と音がしてその画像とメッセージが消える。送信取り消しされたのだ。


「あ、消えた」

「ちょ、その子の連絡先だけ下さいよ、俺にもその画像送ってもらお…うぉ!?」

送り主の名前を俺も確認しようと思った。瞬間、入ってきた情報に反射で体が動く。ガタンと音を立てて俺の座っていた椅子が倒れた。
スマホを手に取っていたシャチの腕ごとそれを奪い取れば、「うわっ!?」とシャチが間抜けな声を出した。

「っえ、なんすかキャプテン、」

「貸せ」

「え???」

不思議な体制でスマホを奪い返してしまったせいでシャチか俺かの手が触れてしまったのだろう。取り返したスマホから、小さなコール音が鳴り出す。

「わっ、」
「すんませんキャプテン!!」

切ろうと赤いボタンに手を伸ばす前に、音が止んだ。そして


『すみません!!!』

声が、聞こえる。電話越しでもそれだけで愛しいと感じてしまう声、これは、ナマエの。
俺がなにか言うよりも先にナマエはべらべらと話し出した。

『つい、出来心というか、何送っていいか迷って!この前見つけた面白い形の雲が可愛かったなぁって思い出して!ローさんになんとなく見せたくなったので、それで、』

声が大きいせいか、この空き教室が静かなせいなのか、そのどちらもだろう。耳を離していても普通に聞こえる。シャチとペンギンは不意に繋がってしまった通話に慌てて息を殺している。通話をかけてしまう原因になったシャチは酷い顔だった。
けれど、俺はと言うと機嫌は決して悪くない。

『まさかそんな早く既読付くと思わなくて…っていうか、普通に用件伝えろよって感じまですよねぇ、すみません…』

「いや、違ぇ」

『えっ』

「既読を付けたのは俺のツレだ。たまたま触っちまったらしい。電話も誤操作だ、突然かけて悪いな」

『…あ、じゃ、別に怒ってる訳じゃ、ないです?』

「あぁ」

『そっかぁー…!良かった!既読ついてから全然返事ないから!やばいかなって、クソつまんないの送っちゃったかなぁって!そしたら電話かかってきて!焦って!!』

「連絡しろと言ったのに今日まで何も無かったことを許すつもりはねぇが」

『え゙っ!えぇ……それは…んー…だって…』

分かりやすく電話口で狼狽えている姿が想像出来て、それが面白くってつい笑ってしまう。それが声にならないように押し殺した。

「まぁいい、さっきの写真でチャラにしてやる」

『ほんとですか!やったぁ』

「だからもう一度送っておけ」

『分かりました!あれ、やっぱりシロクマに見えません??私だけですか??』

「いや」

『…ですよね!!へへ、なんとなくローさんならそう言ってくれると思ったんですよ!!』

「俺のツレも見えると言っていた、アイツらにも送ってやっていいか」

そう言えば、電話口からパッと嬉しそうな返事が返ってきた。チラリとシャチを見れば、さっきとは違いほっとしたように胸を撫で下ろしている。


「あとで用件についても送っておけ」

『!!…はい!』

じゃあ、と電話を切りあげるような言葉を言おうとして、ふむ、と少しだけ考える。

「俺に送る内容は、別に何でもいい、送りたいとお前が思ったなら、好きな時に送ってこい」

『はーーい!!』

返ってきた元気のいい返事に、ニコニコと笑うナマエの顔を想像して、それまでの苛立ちとか勉強の疲れとか寝不足の頭痛とか全てが消え去った。会話は、ほんの1.2分程度のものだったのに。どんな魔法を使えばそうなるんだよ、と突っ込みたくなる。医者としてあるまじき発言だが、どんな薬よりもあいつが俺には効くのだ。

名残惜しくも終話ボタンを押して、ふ、と息を吐く。先程倒した椅子に座り直して、今度はテキストへと視線を戻さずにスマホを眺める。と、すぐにまた、ベポのかたちをした雲の写真が送られてきた。黙ってそれを保存していると、今度はペンギンとシャチがガタンと音を立てて立ち上がった。

「ちょちょちょちょ、まっ、え??」
「すんませんキャプテン、質問、いいすか」
「あ゙??」
「え、なんすか、なんすか今の、えっ、えぇ??なん、なにいまの、その、くっそ甘い会話、え?」

的を得ないシャチがよく分からないことをぎゃあぎゃあと騒ぎ出した。なおもやいのと騒ぐシャチの口を塞いで、ペンギンが喋る。

「いまの、誰っすか、知り合いみたいな口ぶりでしたけど」

なんと説明しよう、とほんのり迷う。
すぐに面倒臭くなってそのままを伝えることにした。どうせいつかは話すことだし、という考えに迷いは無い。このままの関係で終わらせるつもりなど毛頭無いのだから。
結局、根掘り葉掘り質問攻めにされたので、それにも答えていく。

何日か前に知り合った女子高生で、家の近くに住んでおり、ニコ屋や麦わらの友人であること、連絡先は俺から聞いたこと、今度また会う約束をしているということ、などなど、答える度にぎゃあと声を上げるシャチが一生うるせぇ。

その質問に答えながら俺はスマホの未読メッセージをひたすら消し、ブロックするという作業に勤しんでいた。ナマエからの通知を、万が一にもこんなゴミみたいな通知で流されてしまっては困るのだ。まぁナマエのトークは履歴の最上に固定してあるから流れるなんてことは無いのだが。

俺のスマホをちらと覗き込んだ2人が、ジトっとした目で見てくる。まぁこれ迄ずっと女と連絡をとったり、ましてや自分から連絡を促すような相手等いなかったのだから、コイツらが不思議に思うのも仕方ないよな、と理解しつつ、全てを説明するにはあまりにも突拍子もないので、気付かないふりをしておいた。

ぴこん、とスマホがまた音を立てる。

最上に固定してあるトークルームに赤い通知。
口角が上がるのは、止められなかった。


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