出陣から帰還した時、どんなに重傷になっていても同田貫は機嫌が良かった。
普段あれだけ感情もなくとつとつと喋る癖に、血みどろの泥まみれのボロボロになった時だけ感情豊かに笑っている。

「お疲れ様」

第一部隊の隊長を務めている同田貫は、一緒にいた長谷部と大倶利伽羅に何かを告げて一人、豪快に笑うと、珍しく口の端を吊り上げた笑顔のままこちらに小走りでやってくる。
生き生きとしている瞳は戦場あってのものなのだろう。
その瞳にひどく虚しくなり、私は手に持つ手入れ部屋の札をぎゅ、と強く握り締めた。

「見たか、今回の戦果」
「うん。すごい活躍だね」
「まぁ、戦で活躍してこそだからな」

子どものようににんまりと笑った同田貫の笑顔に、皮肉を込めて言った私の心臓は簡単に跳ね上がった。
この笑顔が私の為に向けられたらどんなに嬉しいか、そう思ってばかりいる。
血みどろの手が私に差し出された。
握り締めていた三枚の手入れ部屋の札を渡すと、同田貫の笑顔が僅かにひきつり、それから鋭い眼差しがこちらを射る。

「手入れは、長谷部と大倶利伽羅の二人だけでいいんじゃねぇか」
「同田貫も軽傷でしょ」
「こんなの、唾つけときゃ治る」
「ちゃんと治して。別に手入れ部屋の札が足りないわけでもないんだし」

渡した三枚の札を面白くなさそうに睨みつけた同田貫は大きく長いため息を零した。
同田貫にまとわりつく大量の血は同田貫の物ではない。
同田貫が楽しく斬り殺した敵の返り血。
その中に混ざって、少しだけ破れたさらしの間から、硬そうな腹の筋肉が呼吸に合わせて微かに動いている。
軽傷とは言いながらその肌を掠めて付けられた細く長い傷が痛々しかった。

「心配性なこって」

高揚していた瞳の光が急速にしぼんで行くのが目に見えて分かった。
同田貫が楽しそうにするのは出陣前、帰還後、手合わせ後、それくらいしかない。
私が同田貫を人間扱いすることを同田貫はひどく嫌がった。

「ちゃんと治したらまたすぐ出陣してもいいよ」
「あんた毎回そう言うけど、今回の出陣だって久々じゃねぇか」

黒い服に真っ赤な血がこびりつき、それはやはり美しかった。
無感情に言葉を紡いだ同田貫はつまらなさそうに口を尖らせ踵を返す。
長い首巻きが柔らかく風にはためき、所々から見える肌色の体に目が奪われた。

あんなに太い腕に抱かれたら。
あの硬い胸板に押し潰されたら。
私と圧倒的な力の差のある身体に、この前みたいに簡単に押し倒されたら。
そうしてそのまま上に跨られ、私が嫌がっても無理矢理服を剥ぎ取られ、血みどろの硬くかさついた掌で私の胸を握り締めて、そうしてくれたら。

同田貫が動くたびにしなる筋肉に、奪われた思考回路があらぬ方向へと暴走する。
自分のつまらない妄想に体が熱くなっていることに気付き、私は慌てて頭を振った。

「手入れが終わったらすぐ部屋に来てよ!」

何か話している三人に向かって声を張り上げると、長谷部に何かどやされてからやっと同田貫は右手だけを小さく上げた。


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「手入れ終わったぜ」

一時間も経たない内に同田貫は私の部屋の前でそう言った。
畳んだ布団の上に突っ伏していた私は、その声に慌てて取り繕う。

「ま、ちょっと、待って!」
「なんだよ、来いっつったのはあんただろ」

少しの間を置いてから同田貫が障子を開けた。
いつもの内番姿に、腹に巻かれるものはいつもと真逆の真っ白な包帯。
危なっかしく肩にかけているだけの上着が同田貫の動きにいちいち落ちそうになる。
傷口も腹筋も隠してしまった包帯だが、それより少し上に目線をやれば露わに見えるのは太い腕と硬そうな胸板と、肌色に限りなく近い乳首だった。
本人にその自覚はないのだろうが私から見ればまるっきり無防備ともいえる格好に私は思わず見入ってしまった。

「俺がいない間にやることやったのか」
「え?あー……、んー」
「結局仕事溜め込んでんじゃねぇか」

ため息と共に同田貫は腕を私の方へ伸ばして、私の後ろにある机の上から書類の束を手に取った。
裸同然の同田貫の体が私の上に覆い被さる。
乳首の色が薄くて綺麗だ。
そう思った瞬間、同田貫が観察するように私を上から見つめているのに気付いた。

「あっ、」
「真っ赤だぞ」

畳んだ布団が背中にあるから都合がいい。
何に都合がいいのかなんて、もう言葉にするまでもなく、馬鹿みたいに私の体は期待していた。
この太い腕に抱かれて、その胸板で押し潰され、私の意向なんてお構い無しに私を求めて。

そんな恥ずかしい下心が顔に出ていたのだろう。
妄想とは違う、目の前の同田貫は期待している私に小さくため息をこぼす。
明らかに面倒臭そうなのが分かるくらいに歪めた眉がそれを物語っていた。
同田貫は私をこんなに至近距離で組み敷いても何も感じないし何も思わない。
分かり切っていることを目の前で突きつけられている気がした。

「……ど、どいて」

絞り出すようにそう言うと、一瞬迷ってから同田貫は私の頬を手の甲で突然撫で付けた。
ぞわりと広がる感覚に感じたことのない快感が走る。

「やっぱり、まぐわいてぇんだろ」
「…….っ、違う」

右手で弱々しく同田貫の胸を押し上げる。
やはり硬い、けれど生々しい肌の柔らかさと生暖かさが指先からじんわりと伝わってきた。
まぐわいたいか、なんてことは先の先の先の話で、私は同田貫と恋人になりたいだけで。
妄想でしてしまう一方的に求められる優越感は、同田貫が私を心の底から思ってこそ成り立つもの。

「俺があんたにしてやれることは、刀の時と変わらない。戦い、寄り添い、手助けするだけだ」

頬を撫でる同田貫の手の甲は暖かいのに。
この手は、私を女としては愛してくれない。
あくまで刀として私の望みを叶えているだけ。

「それでもあんたがくれたこの体なんだから、あんたが望めば、まぐわうくらいならいくらでもしてやるんだけどなぁ」

背中の布団は柔らかくて暖かい。
右手に触る同田貫の左胸から、恐ろしいくらいに静かな心音が響いてくる。

この腕に抱かれたら。
この胸に押し潰されたら。
その無骨な掌が私の胸を鷲掴みにし、乾いた唇が私の唇を濡らす。
そうやって私が声を上げるのと同時に、同田貫は目を瞑って私の体を味わう。
隙間なく密着して愛して愛して愛し合って。
耳元で互いに囁く、好きだ、と。

そんな妄想を、悔しいながらいつもしてしまうなんて本当に滑稽だ。

「……まぐわう『くらい』って……。ひどい言い方」
「そうか?」
「……嫌いって言われた方がマシかも」

弱々しく同田貫の胸に触れていた手からゆるゆると熱が消える。
ゆっくりと私から身体を離した同田貫は手に持つ書類に目を通しながら、こっちになんてまるで興味のないように応えた。
私の虚しさの半分も理解してくれないそれは、ひどく冷たく平坦な声音だった。

「好きだって言ってんだろ。眠る時の柔らかな布団と同じくらいには」
「なにそれ。布団に抱いてって頼まれたら抱くの?」
「抱くさ。世話になってるし、柔らかくて気持ちがいい。けどな、布団に恋人になってくれって言われて、あんた理解できんのか?」

背中にある布団が気持ちいい。
書類から視線を外して私をちらりと確認した同田貫は、きっと真っ赤になっている私の表情を眺めているのだろう。
思わず確かめるように布団を触ってしまった私に、同田貫が「ぐうの音も出ねぇだろ」と、冷たい言葉をひどく穏やかに言い捨てた。


ただ柔らかいだけ




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