真正面から好きだと言っても意味がない。
柳のようにするするとはぐらかす同田貫に、その気がないのは分かっているがけれど私を拒否している訳でもない。
現に今、ひまわりの種をちみちみと取っている同田貫は、私にその背中を悠々と預けている。

「あと何個あんだ、これ」
「あとねぇ……、40個かな」
「……暴力的だなぁ」
「来年もひまわり畑にしたいんだもん」

私の言葉に「そーかよ」とだけ返した同田貫は、大きな欠伸をしてぐ、と身体を上に伸ばした。
僅かに私の方に重みがかけられるが、加減してくれているのか身体が折れてしまうほどの重みでもない。
横目にのんびりとした庭を眺めながらのこの地味な作業は始めてからもう一時間以上は経っていた。

「眠くなってくるね」
「あー、眠すぎる」
「このまま目瞑ったら寝そう」
「寝んなよ、あと40あんだろ。あんた絶対俺に押し付けて寝る気だろ」
「んー、じゃあさ、寝ないためにね、ゲームしよ」
「はぁ?」

背中から感じる暖かい熱が心地いい。
私がひまわりの種を取っていたら同田貫がいつの間にか隣に来ていて、そしていつの間にか私の背中に自身の背中を押し当てて手伝いをし始めた。
この距離感に、私はいつも惑わされる。

「今からひまわりの種をたくさん取った人の勝ち」
「勝ったらなんかあんのか」
「私が勝ったら私の恋人になって。同田貫が勝ったら、私が恋人になってあげる」

息をするようにそう言うと、同田貫ははぁー、と大げさに息を吐いて手を止めた。
同田貫は私の気持ちに気付いていながら確信ははぐらかす。
いつもの調子で戯けて言った言葉に、同田貫は至極面倒臭そうに唸った。

「女には困ってねぇしなぁ」

私が同田貫を好きで好きで好きで仕方のないことは本丸中に筒抜けだった。
ただ良くも悪くも個人主義のこの本丸において、同田貫をけしかける人もいなければ過剰に私に味方してくれる人もいない。
皆、「なるようになればいい」というなんとも大雑把な意思統一の元、この本丸は成り立っている。

背中から伝わる熱に、突如としてぎくりと、心臓が痛くなった。
同田貫の言葉にまた、踊らされている。

「……えぇ、困ってないんだ」
「街に行きゃあ女はいくらでも買えるしな。俺にその勝負をする意味があんまねぇなぁ」

親指でひまわりの中心をなぞるとぼろりと種が零れ落ちた。
股の間に敷いた新聞紙の上にそれがパラパラと落ちていく。
私が同田貫を好きで好きで好きで、仕方のないことは本丸中が知っている。
もちろん当事者である同田貫が知らないはずもなく、今回を含めればもう告白の数は10を軽く超えていた。
本丸の皆はこの件に関してどちらかに肩入れすることはない。
なるようになる、と皆傍観している。
同田貫がたまに街へ行くことは知っていた。
遅くまで帰ってこないこともあったし帰って来た時ひどく酔っていることもあった。
けれど一人で街へ出ることはなかったから、そういうことはしていないと、いや、結局はそう願っているだけだった。

「だからさぁ、俺が勝ったらあんたの、」

同田貫はそこまで言って言葉を止めた。
それから突然背中を離した。
そのせいで熱く心地の良かった背中に生ぬるいはずの風が冷たく吹き付けて、妙に寒かった。

「……泣いてんのか」

新聞紙に涙がポツ、ポツ、と音を立てて零れ落ちていた。
同田貫が私を拒絶することはなかったから、好きだと言い続けていればいつか、と、思っていた。
それなのに、惨めすぎて、この背中の距離感に浮かれすぎていて、私は色んな感情に熱くなった目頭に全く力が入らなくなっていた。

同田貫は小さく呟いてから、私の横顔をじ、と眺めた。
無表情な瞳が不思議そうに私の涙の行く末を眺めている。
目をこすると赤くなるのが嫌で、必死にぎゅ、と強く目を瞑ると、一際大きな涙がパタ、と新聞紙を濡らした。

「なんで泣くんだ」

心のない言葉に焼け付くように胸が痛い。
ただただ好きなだけなのに、受け止めてもらえないのがこんなにも悲しい。
しゃくりあげると喉が焼け付くように痛んだ。

「……惨めで」

絞り出した声に余計現実味が湧いてきて、私はひまわりを放り投げ膝の間に顔を埋めた。
声を殺せば殺すほど喉が痛い。
ただ私を見ているだけの同田貫に、初めてどこかに行って欲しいとそう思った。

「何が惨めなんだ」
「同田貫を、好きな、私が」
「そんなに好きか」
「……好き。好きだよ。何度も、言ってるのに。好きって、何度言ったら、分かってくれるの」
「好きってのはさぁ、まぐわいてぇってことか」

耳慣れない言葉に涙が一瞬止まった。
聞き間違いかと思ってがばりと顔を上げると、至極真剣な瞳で私を見つめる同田貫の瞳とかち合う。
あまりの素っ頓狂な返しに、私は間抜けな顔で同田貫を見つめてしまった。

「……えぇ?」

同田貫は不意に私の肩を掴むと、軽い動きで押し倒した。
背中に敷かれたひまわりの種が少し痛かったが、それより折角集めたのにばらけてしまったのが気になった。

「まぐわいてぇなら、してやったら、あんたは満足してくれるか」

金の瞳が無感情にそう言った。

「……そういう、ことじゃ、ない」

絞り出した私の声はひどく震えていた。
同田貫は暫く私の瞳を見つめていたが、私の涙が一粒、音もなく頬を伝って床に染み込んだのを眺めてから、小さくため息をつくと、気怠そうに私を解放した。

「わかんねぇなぁ」

ばらけたひまわりの種を掻き集めながら同田貫はそう、拗ねた子供のように呟いた。
私はその様をぼんやりと眺めながら、声を絞り出した。

「……何がわかんないの」
「あんたが、俺に、何を望んでいるのか」
「そんなの、好きって言って、死ぬまで傍にいて欲しいだけ」

背中に感じるのは床の痛みと冷たさで、私は起きる気力が湧かずにそのまま目を瞑る。
暫くそうしていると、かさついた硬い指先が私の頬を遠慮がちに撫でた。

「あんたのことは好きだし、いつも傍にいるだろ」

目を開けると同田貫の顔がすぐそこにある。
涙を拭ってくれたのか、擦るように寄せられる指先が心地よかった。

「じゃあ、私の恋人になってくれるの」
「……それがよくわかんねぇんだけど」
「他の女とはしちゃうのに、恋愛は分かんないなんて」
「……それは、」
「もういいよ。余計惨めになるから」

私がそう言って笑うと、困ったように同田貫は眉を下げた。





背中に残る惨め




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