縁側でぼんやり庭の池を眺めていると、不意に池の真ん中に架かっている橋に同田貫が歩いてきた。
同田貫は橋の真ん中で立ち止まり、手に持った嫌に大きな麻袋から無造作に何かを撒き始める。
途端一斉に水が大きな音を立てて跳ねまわり、静寂は突然に壊された。
鯉の餌やりか、と合点が行った私は、慌てて立ち上がって力一杯声を張り上げた。

「同田貫!」

同田貫は私の声にゆっくりと顔を上げ、それからやっぱりいつもの無表情で私を視界に入れる。
遠い、とは言っても互いの顔は確認できる距離に、私は尚大声で続けた。

「何してんのー!」

同田貫は麻袋からちまちま餌を出すのが面倒になったのか、何の躊躇もなく袋を逆さまにして一気に餌を池の中にぶちまけた。
思ったよりも多い量が池に落ちた気がしたが、鯉達は喜んでいるらしく一層水しぶきが激しさを増す。

「見りゃぁ分かんだろぉー」

間延びした抑揚のない声がのんびりと響き渡る。
言葉を返してくれたことに嬉しくなって、思わず頬がにやけてしまった。
そんなことも御構い無しに大きく手を振ると、同田貫が小さく片手を上げてくれた。

「私も行っていいー?」
「あんたの庭なんだから、好きにしろよ」

私はその言葉と同時に縁側を飛び降り、裸足のまま庭を突っ切った。
渡り廊下を渡れば橋へは行けるが、今すぐにでも同田貫のそばへ行きたかった。
息を切らしながら橋へ辿り着くと、同田貫が僅かに眉を顰めて私を見つめていた。

「裸足で来るなよ」
「だ、だって……、早く来たくて」
「そんなにこいつら見たかったのか」

遠くから見ていれば優雅な鯉達だが、どうにも餌が絡むとむしろ気味の悪い魚に成り下がってしまうのが残念だ。
乱暴に互いにぶつかり合いながら大きな口を水面の上にまで伸ばしている様を、私が裸足で駆けてまで見たかったと本気で思っているのだろうか。

「鯉を見たいわけないでしょ」
「見てやれよ、こいつらだって生きてんだから」
「見飽きてるよ」
「そりゃそうだな」

空になった麻袋をまだ池の上で上げ下げしながら、つまらなさそうに同田貫は呟いた。
鯉はまだ餌が降ってくるのかと期待しているのか同田貫の持つ麻袋が動くたびに過剰に飛び跳ねる。

「遊んでんの?」

鯉を弄ぶように麻袋を振る手をやめない同田貫に、私はそう尋ねた。
同田貫は暫く微動だにせず、けれどいつものように淡々と応える。

「遊んでる、わけではないな」
「じゃあ何してんの。まだご飯貰えると思って、あ、ほら、喧嘩してるじゃん」
「なんか、哀れだなと思って」

同田貫の言葉の意味が分からず首を捻ると、同田貫は突然麻袋をぐしゃぐしゃに丸めてしまった。
餌が来なくなったことを数秒後にやっと理解した鯉達は、諦めたのか各々何事もなかったのように泳ぎ始める。
同田貫の横顔はただぼんやりとそれを見つめるだけだ。

「哀れ?」
「出てもこねぇ餌にしつこく期待して。哀れだろ」
「……出てくるかもしれない麻袋を見せびらかしていたのは同田貫でしょ」
「あー。そりゃぁ、そうだなぁ」

先ほども聞いた間の抜けた相槌に、私はなんとなくむっとした。

「私のこと?」
「いや」
「8回目、言おうか?」
「いい。なんつーか、そうじゃねぇよ、そういうことじゃなくてさぁ」

曖昧な言葉を歯切れ悪く同田貫が紡ぐ。
無表情な横顔は相も変わらず、その薄い唇から漏れたのは面倒臭そうに吐かれたため息だけだった。
哀れまれた恥辱がふつふつと湧き上がって来る。
出もしない餌を待って、大口開けて必死になる鯉と私が重なる。
けれど何か言ってしまえば、同田貫は簡単に麻袋を丸めてしまいそうな、そんな気がしてなんの言葉も出てこない。
手入れのされた庭ではあるがその殆どが玉石で敷き詰められているから、慌てて駆けてきた足の裏が今更じんじんと痛んだ。
犬みたいに慌てて駆けてきた私がまるで滑稽に思えて、私は真っ赤になった顔を俯かせた。

僅かな静寂が訪れる。
パシャ、と鯉の跳ねる音が一つ響いたのと同時に、同田貫がぽつりと、小さな声で呟いた。

「裸足で駆けて来るほどのもんでもねぇだろうに」

小さな声が耳に染み込む。
驚いて顔を上げると、私の方を無遠慮に見つめている同田貫と目が合った。
僅かにではあるが、いつも見る無表情とは違っているような、そんな気がしたけれどそれは私の勘違いかもしれない。
同田貫は私の顔をまじまじと眺めて、それから、私の足元へとしゃがみこんだ。

「あーあー、汚しちまってよ、まったく」
「え、あ、やめてよ」

かさついた武骨な掌が、私の足首を緩く掴んだ。
大きな掌に掴まれてその熱がじわりと身体に伝わる。
思わず後ずさろうとしたが、緩く掴まれただけのその手から逃げ出すことが出来なかった。

「逃げやしねぇんだから。草履を履けよなぁ。折角の綺麗な足がこんなんになっちまって」

突然の言葉に私は固まった。
この人は、私の気持ちを知っていて、こんな風に簡単に私の気持ちを弄ぶんだ。
知らないふりをしてずっと、はぐらかし続けながら。

「……きっ、綺麗な足なんかじゃ、」
「あんた俺に毎日言ってんだろうが」
「そ、れとこれとは、」
「そこまで担いでやるから、そっちの手、こっちに回せ」
「えっ、」

何の躊躇もなく同田貫は私の腰に手をやり、膝の下に手を滑り込ませる。
ひどく手慣れた手つきに抗う術もなく、気付いた時には身体が宙に浮いていた。
突然高くなった視界に慌てて同田貫の首元にぎゅ、としがみつくと、同田貫がなんて事のないような声音で呟いた。

「重傷者が出ると大概俺がこうやって担いでやんだよ。次郎でも、大典太でも袮々切丸でもな」
「……ええ、そ、それは、どうなの」
「あんたに8回目を言わせない為の雑学だな」

同田貫が珍しく口の端を上げて笑った。
揺れる視界に安心感はあるのにやっぱり少し怖くて、私は一層強く同田貫の首元に力を込める。

「……好き」
「言うなっつーのに」

せめてこの胸の柔らかさに同田貫が反応してくれたら。
せめてこの胸のうるささに同田貫が気付いてくれたら。
怖さより何より、私はそんな下心を必死に同田貫へと押し付けた。




八回目の告白




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