美しくないからこそ美しいと思った。


そう言ったら一瞬眉を顰めた同田貫は、「矛盾」と一言だけ言ってそっぽを向いた。

「矛盾。してる、けど、それが私の本音」
「あー、それより早く終わらせようぜ」

泥まみれの同田貫は至極淡々とそう言った。
日はもう大分傾いていて、緑の山々は秋でもないのに真っ赤に染め上げられている。
ずらりと並べた野菜や果物から目を離さない同田貫は、手を動かさない私に筆の先だけ一瞬向けた。

「美しいっていわれても全く喜ばないよね」
「喜ぶわけねぇだろ。俺は武器としての刀でしかねぇんだから」
「刀ってね、武器なんだから、私も刀ってだけでいいと思うの。でもそういう、本当に純粋なのって同田貫だけしかないから、だから、」
「わーかった、分かった、分かったからさっさとこれ終わらせて風呂に入らせてくれよ」

私の言葉を遮った同田貫にやはり感情の起伏は見られない。
言葉に何の抑揚もなければ収穫物を数えて動く瞳も変わらない。
渋々続きを数えて手に持つ帳簿に野菜の数を書き込んでいく。
同田貫は私の話を最後まで聞かないし、最後まで言わせてくれない。
それが偶然でないことはなんとなく分かっていた。
私が同田貫に恋心を抱いてから、同田貫はあからさまにこの手の話題を避けている。

「今日の夕飯なんだろうね」
「鮎だな。それと栗ご飯。さっき石切丸に聞いた」
「長芋食べたい」
「食べればいいじゃねぇか。これ、何個か持って今から炊事場に行きゃぁ間に合うだろ」

同田貫が少しだけ私の方へ近付いて、長芋がごろごろと入っている籠の中から4本ほど見繕って私に差し出した。
片手で持たれる4本の長芋を私は片手で受け取ることが出来ない。
もたもたしていると、器用に帳簿と筆を持っていた右手が私の手から同じ物を奪い取った。

「重てぇか」
「うん」
「もうここは俺がやっといてやるから、炊事場行ってそっち手伝ってくれよ」

両手に抱える4本の長芋は想像以上に育っていて結構重い。
けれど腕にかかる重さより、不意に距離が近くなった同田貫の顔から目が離せなかった。

「……こういうどうでもいい話には積極的な癖に」
「どうでもよくねぇよ。長芋、俺も食いてぇ」
「私が同田貫のこと綺麗とか格好いいとか、そう言う話の方が、長芋よりよっぽど大事な話だよ」
「そんなのはさぁ、あんたの寝言だろ」

きっかけはなんだったか。
一度近侍をしてもらった時に、あまりに人間臭い割に自分を刀であると主張する。
その癖よく気が利いて、頼んでもいないことまで文句も言わずにやってくれる。
それから何と言ってもこの絶妙な距離感。
無関心でいるのが痛いほど分かるのに、不意に私の心を大きく揺さぶるほど簡単に距離を詰めてくる。

矛盾。
矛盾だらけだ。
だからこそ好きになった。

「寝言じゃないもん」
「寝言だ。あんたが俺を好きだと言うのも、全部」

何度同田貫に想いを伝えたか。
真っ直ぐな金の瞳は迷いなく私を射抜くように見つめ、私はその柔らかな冷たさにひどく打ちのめされる。
何度伝えても何も変わらない。
同田貫は表情を崩さず、態度も変えない。
私が望めば近侍も変わらずしてくれるし普通に話をしてもくれる。
けれど、私の気持ちを完全に受け流す。

「寝言じゃない……」
「長芋は酢につけろって青江に言っとけよ。今日の料理番は不安なメンツだからな。あんたが行くくらいで丁度いいだろ」

二つの帳簿を指と指の間に挟んで、同田貫はその瞳をまた野菜に戻した。
ぶつぶつとわざとらしく野菜の数を数える同田貫に、どうすれば私の気持ちが伝わるのかわからない。
ただ好きだと、言い続けるより他になんの方法も思いつかなかった。

「そんなこと言われても好きなものは好きなのに」
「目の前にある刀を愛でるとは、良い趣味だなぁ」
「……もうこれで何回目だっけ」
「7回目。あんたも飽きねーな」

押し付けられた長芋に力を込める。
こんなに言われてもまだ諦められないのは、はっきりとした拒絶の言葉を突きつけられてもいないからだと思う。
つまるところ同田貫は私に興味がないのではなく、恋愛に興味がないのだと思う。
それは大元を辿れば私に興味がないのと同義だが、けれど、恋愛にさえ興味を持たない人は断り方も知らないらしい。
そこにつけこんで何度この不毛なやり取りをしたことか。

「同田貫が折れるまで、言い続けるからね」
「不吉なこと言うなよ」

同田貫はそれだけ言うと、ぴくりとも表情を変えずに帳簿だけに意識を集中し始めた。
もう私のことなんか頭の片隅にも置いてくれていないんだ。
その虚しさに唇を噛み締め、けれどとうとうなんの術も思いつかなくて、私は泣き出しそうな顔をそのままに炊事場へ向かうしかなかった。



愛を信じない人




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