「あんたさぁ」

簪、クローバー、櫛、足袋、寝装束、石鹸、鉱石、あとは大体食べ物か、季節の花。

思いつく限りの物はなんでも贈った。
男が女にやったものを思い出して、その思い出をなぞるように。
どれもこれも上手く渡せているとは思わなかった。
それなのに、何を貰ってもいつも嬉しそうに微笑むあんたのその笑顔に少し疑問が湧いて。
俺を近侍から外さない日々に、言葉にならない疑問がとうとう喉を押し上げて込み上げてきた。

「なんか欲しい物、ないのか」
「え?」

そのどれをも使ってはくれなかったから余計に。
最近は食べ物や花を贈るだけになっていて、だから俺はそう尋ねた。
あんたは俺の言葉に真っ直ぐにこちらに向き直ると、少し逡巡してからんん、と唸った。

「……特に、は、」
「……あんたにとって邪魔なものが増えるだけならもう、」
「ち、違うよ」

近侍になってから2ヶ月は経っていたと思う。
少し動くだけでも濡れるほどに汗をかくような鬱陶しい暑さが続いていた。
荷物を運んできた俺の手は汗ばんでいて、けれどあんたは季節感のない冷たい手で俺の指先にそっと触れた。
冷たいのに柔らかい。
その感覚にぞくりと、恐怖のような喜びのような罪悪感のような、そんな感情が突き抜けた。

「邪魔じゃない。なんでも、嬉しいよ」

つ、と俺の指先をあんたの冷たい指がなぞる。
肌と肌がたったこれだけ触れただけでこんなに感覚が伝わるものなのかと驚いた。
もっと触れたらどうなるのだろうと、その声に目を向けると、俺にその潤んだ瞳を必死に向けるあんたの瞳に捕まった。

「私、同田貫のこと、好きだから。同田貫がくれる物はなんでも、すごく嬉しいよ」

眉を下げて瞳を潤ませて顔は真っ赤に茹で上がっていて。
必死に見上げるその顔に、その瞳に、俺を好きだと宣ったその唇に。
指先だけでも触れたらどんなに気持ちがいいのだろうと。
一瞬、想像してしまった。
好き、だと?
俺のことを?
その好きとはどの好きで、俺はどう返すのが正しいのか。
女を切り刻んで血に塗れた俺が許される答えは既に分かりきっているのに、正しい答えを告げることを一瞬躊躇った自分に気付いて、そんな自分に吐き気がした。

「……そう、か。なら、いいんだけどよ」
「あ、わ、私、同田貫のこと、好きで。好き……です」

触れる指先に微かに力が込められたことが分かった。
熱を持った瞳が俺の言葉を待っている。
どく、と心臓が強く脈打ったのが分かった。
俺がその言葉に、嬉しいと、感じてしまったことが分かった。

「……恋人に、なってほしい、です」

目の前のこの女を見つめる。
真っ赤になった顔にこちらにまで伝わりそうなほど緊張しているのが分かって、震える唇から小さな声が必死にそう紡いだ。
耳に落とされた言葉に自分の全てが許された気になる。
手を伸ばしてその頬に触れたくなる。
そんなこと、許されるはずがないのに。

「……あんた、冷たいな」

必死に正しい言葉を絞り出した。
冷静なフリをして。
気付かないフリをして。
間抜けなフリをして。
何にも感じない、無感情のフリをして。

「……え?」
「今度、ストール買ってきてやるよ」
「……え、あ、うん。ありがとう……」

冷たい指から不自然にならないようにそっと逃げる。
腑に落ちないという顔であんたは俺の瞳を窺った。
その瞳に何もかも見透かされそうで俺はすぐさま立ち上がった。

そうやって逃げてばかりだ。
あんたは俺にどんなに突き放されようとずっと真っ直ぐな気持ちを伝え続けてくれたのに。
恋仲になって欲しいと言われたのは今日までで19回。
好き、と囁かれたのは86回。

もう、増えることはない。



縁側に座ってぼんやりと庭を眺める。
この場所からは主の部屋へ繋がる唯一の渡り廊下が少しだけ見えた。









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