「終わったー」

痺れた足を崩し、大きく体を伸ばす。
大きく息を吸って吐き出して変に緊張していた体から力を抜いた。
先に寝転がってからそんなに時間は経っていないはずだが、目を瞑ったまま喋らなくなってしまった同田貫は私の声に反応しない。

「……終わったよー」

人一人分間を空けて隣に寝転ぶ同田貫を小さい声と共に恐る恐る窺い見る。
仰向けのまま両手で腕枕を作り、やはり反応しないその顔を今更まじまじと眺めた。
真っ黒な短い髪と、こうしてみると意外と長い睫毛に、左の顎と頬骨の辺りからのびる二本の傷。
口はいつも通り引き結ばれたまま、けれど眉間のしわは綺麗になくなっている。
幼く見えるなぁ、なんてぼんやりと思いながら、本当に眠ってしまったのかぴくりとも動かない同田貫の隣に私も寝転がってみた。

人一人分の間は空けたまま。

畳の匂いが心地いい。
微かに残っているお香もいい匂いだ。
手を伸ばせば柴犬のようなその髪と、浮き上がる傷痕と、かさついた唇に簡単に触れてしまえる。
ごくりと、喉に唾が落ちてきた。

「……寝ちゃった?」

竜胆を探しにいくと行っていたから急いで終わらせたのに。
はっきりとした言葉はないけれど、突然進展した気になっていたのに。
私のこと、女として見ていたなら、一緒に寝ていた時どんな気持ちで寝ていたのか聞きたかったのに。
けれど私は動かない同田貫をこのままぼんやりと眺めていたい。
囁いた言葉にやはりなんの反応もないことを確認してから私ははぁ、と鼓動を落ち着かせる為、息を吐いた。

「竜胆探しに行くんじゃないの」

昼間こうして同田貫の寝顔を見たのは初めてだ。
美しい刀達の中にあって顔に傷痕が残っているのは同田貫だけで、刀であった時からきっと純粋に戦いの中に在ったのだろう。
花を愛でたり人間を想ったり、私を守りたいと願ってくれるようになったのは、やはり前の審神者の影響が強いように思う。
てっきり女だと思っていた、前の審神者のおかげだと、そう思う。

「……起きないの?」

真っ黒な髪、真っ黒な眉、真っ黒な長い睫毛。
かさついた唇と、微かに聞こえる鼻息。
見れば見るほど呑まれていくその横顔に、触れたらどんな感じだろうか。

「起きないと、触っちゃうよ」

囁いた言葉が部屋の中に消える。
私の部屋から追い出されこの部屋に一人になってから、一度も障子を閉めずに私の部屋を見守っていた。
きっと夜もほとんど眠っていない。
一緒に寝ている時からそうだった、目の下に広がる青い隈がどんどん濃くなっている。
人としての生を与えられ、仲間と、信頼できる主を見つけたのにそれを突然奪われた。
疲れてるんだよね。
心の中で呟き、ゆっくりと手を伸ばす。

「触っていいの」

このまま、触れてしまいたい。
傷痕、浮き出ているところとへこんでいるところがある。
触られてももう痛くないのかな。
触っている時に起きてしまったらなんて誤魔化そう。
触っても起きなかったらもっと、近付いてみたい気もする。
その髪に触れて、頬をなぞり傷痕に触れ、薄い唇に触れてみたい。
そこに私のそれを押し付けたらどれほど気持ちいいのだろうか、想像もつかない。
こんな下心だらけの審神者をよくも守るだなんて言えたものだ。
本当に私、同田貫のこと好きなのに。
欲情しかしないのに。


「……好きだよ、同田貫」

微かな呼吸音が耳をくすぐる。
触れようと手を伸ばしたが、それで起きてしまったら申し訳ない気がして私は手を引っ込めた。
悪いことを考えないよう、胸元に両手を握りしめて抱え込む。
横を向くと、より近くなった同田貫の横顔が目の前にあった。

私はもう少しだけ同田貫へとにじりより、腕枕のために上げたままの脇の下へと頭を寄せた。
思ったより分厚い胸板が目の前にあり、頭の上には太い腕が触れるか触れないかのところにある。
高鳴る心音はもう誤魔化すこともできない。
落ち着かせようと大きく息を吸うと、同田貫の匂いが微かに胸に入ってきた。
いい匂いとか嫌な匂いとかではない、無条件に私を熱くさせる男らしい、好きな匂い。
胸一杯にそれを溜め込んで、私は大きく息を吐く。

相も変わらずぴくりとも動かない同田貫に倣って、私もそっと目を閉じた。





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