「あ、同田貫さん、望月はどうしたんですか。今朝馬当番がいないって探してましたよ」
「そんなことよりお前、御手杵にちゃんと案内したのかよ」
「えぇ、そもそも僕寝ようとしてたんですけど」
「なんだろうとお前の部隊が拾ってきたんだろ、面倒見てやれよ」
「ちゃんと朝御飯の時間と部屋の案内はしましたよ。同田貫さんこそ、何も言わずに寝ることないじゃないですか」

朝御飯を食べようと大広間に着いた途端、堀川くんと同田貫は立ったまま話し込んでしまった。
そんな同田貫を尻目に私は昨日顕現したという御手杵なる人を探すことにする。
大柄な太郎の隣に、太郎にひけをとらない体つきの茶髪を見つけ歩み寄ると、畳の軋んだ音にその人は振り向いた。

「あ、の私、昨日あなたを顕現した、」
「おー、主。挨拶が遅れて悪いなぁ」
「ううん、あ、いいよそのままで」
「そうか、じゃあそのまま失礼して。三名槍が一本、御手杵だ。よろしくな」

私を前にしていそいそと立ち上がろうとした御手杵を手で軽く制すと、御手杵は柔和な顔つきでそう言った。
美しすぎるというわけではないが、整った柔らかな表情はどこか人間味に溢れている。

「体調は大丈夫なのか?」

柔らかな顔で微笑んだ御手杵は低い声で優しくのんびりとそう言うと、不意に私の掌を僅かに汗ばんだ大きく長い掌でぎゅ、と強く握りしめた。
じわりと広がる熱い体温に思わずその細長い掌を睨むよう凝視していると、敵意のない気の抜けた笑顔が私に向けられていた。

「あ、うん。大丈夫」
「朝さぁ、あんたの部屋の方に行っちまって悪かったよ。邪魔したよな」
「え?邪魔……、は、してないけど」

大きい割に薄い掌が私の掌を包み込んでいる。
やっぱり顕現したばかりでもこれくらいの暖かさはあるらしい。
そんなことに私は意識が向いていて、すぐ後ろに同田貫が来たことに気付かなかった。

「これからは用もねぇのにあの廊下を渡るなよ。用があれば長曽祢か堀川に先に言え」

淡々としたいつもの同田貫の声がすぐ耳のそばから突然聞こえた。
私は驚いて「ひっ」と間抜けな声を出してしまったけれど、御手杵も同田貫も微塵も動揺していない。

「あぁ分かったよ。そんな怒んなって」
「怒ってねぇよ。それよりなんであんたこいつの手ぇ握ってんだ」

抑揚のない声で言いながら、同田貫は私と御手杵が握りしめ合っている掌の塊に視線を落とした。
表情はいつも通り固いまま、けれどぴくりとも動かない眉が逆に変な不気味さを漂わせている。

「えっ、あー、な、なんとなく?なの?」
「あぁ。人間の感覚をな、噛み締めてんだ」

そういえば暖かさにばかり囚われて、握られた意味を理解していなかった。
疑問形で御手杵に目を向けるも、その瞳はどこかうきうきとしながら同田貫だけを映している。
柔らかい表情だと思ったのに、御手杵の瞳の奥には隠しきれない興奮が好戦的に同田貫へと向けられていた。
御手杵の言葉を黙って聞いていた同田貫は、一瞬眉間に小さなしわを寄せたがすぐまた無表情に戻し、暫く私達の手を睨みつけた。
その視線にいたたまれなくなって御手杵の手から逃げようと小さくもがくも、御手杵は更に強く、私の手を握り締める。

「いいよなぁ、人間。あったかくて、柔らかくて、いろんな感覚が一気に押し寄せてくる」

ひどく幸せそうにのんびりと御手杵がそう慈しむように呟いた。

同時に、同田貫の表情が突然、変わった。
初めて出会ったあの日のようなひどく苦々しい複雑な表情が突然その顔に暗い影を落とし、強く引き結ばれた口元が薄い唇をぎり、と私にでも聞こえるほど強く噛み締めた。
きつく寄せられた眉と鋭く細められた金の瞳に、ざわりと、嫌な寒気が私の体を急速に駆け上っていく。

「この女に触れていいのは俺だけだって、昨日あんたに言わなかったか」

小さな低い声がそう告げた。
それでも尚とぼけるように笑った御手杵に、同田貫は間髪入れず、無理矢理御手杵の手を私から引き剥がす。
微かに触れた同田貫の掌は氷のように冷たくて、触れたところに刺すような痛みが走った。

「いっ、……、冷てっ」

動かそうにも動けないほどの力で握り締められていたはずなのに、同田貫は片手一つで簡単に私の手を解放する。
暖かい御手杵の手とは真逆の、冷たく硬い痛みに思わず私も眉を寄せた。
痛みに顔をしかめて呟いた御手杵は、その背中に私を隠すようにして立ちはだかる同田貫にひどく驚いた表情をゆっくりと向ける。

「ちょ、っと、同田貫、何そんな、むきになって」

寒気が背中を駆け回って止まらない。
ざわざわとこの場を侵食する薄気味悪い不愉快に抗おうとわざと笑いながらそう口にするも、同田貫の分厚い背中から恐ろしい程の怒気を感じてそれ以上の言葉が出てこなかった。

御手杵は小さく口を開けたまま珍しいものを見るように同田貫の顔を眺めていたが、私の言葉にはっとし、それから段々と、不可解な物を見るかのようにいびつに眉を下げた。

「……冷たすぎるぞ、あんた」

同田貫に向けて告げられた言葉に理解が追いつかない。
私の思考も置き去りに、同田貫はすぐさま淡々と言葉を返した。

「刀なんだから冷たくて当たり前だ」
「もう、人間だろう。俺たちは」
「あぁ。お前らはな」

短い言葉と共に同田貫は急に踵を返した。
振り向き様、ひどく冷たい掌がひどく優しく、私の腕を捕まえる。

「堀川、朝食、あとで持ってきてくれ」
「えぇ?食べてかないんですか」
「あ、ご、ごめん堀川くん」

冷たい掌が私の腕をゆるくゆるく引っ張った。
なんとも言えない顔で私たちを見送る御手杵をそのままに、同田貫に連れられて私はそのまま、足早に大広間を後にした。







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