何故こんなにも焦っているのか、私にもよくわからない。
蝋燭の淡い灯りの中、至極困った顔をした同田貫に私は今更恥ずかしくなって目を瞑った。
鍛刀で疲れて頭が働いていないのか思ったことがそのまま口に出てしまい後悔する。
はしたないと思われただろうか、積極的な女は嫌いなのだろうか。
沸き上がる羞恥と不安が心臓を押し動かす。
同田貫は私の言葉に何も返さず、ただ優しく抱き締めた。

鍛刀は上手くいったらしいが結局どんな人が現れたのかは見ていない。
なんて弱い審神者だと呆れられているだろう。
もう少し力をつけて、鍛刀の度に倒れないくらい強くなりたいとぼんやり思った。
何度鍛刀をしてもいちいちへばってしまう私を同田貫はどう思っているのだろう。
きっと内心では、万が一にも良くは思ってないはずだ。
厚い胸板に顔をうずめると同田貫の鼓動が微かに聞こえた。
冷たい体なのにちゃんと鼓動が動いていることに私はどこかほっとする。

何故私は焦っているのだろう。
恋仲になったのだから今すぐにでももっと触れあいたい。
今日だって仕事よりも恋仲らしいことをしたかった。
結局したことといえば竜胆を摘みに行っただけだ。
それでも、こうして私に触れる同田貫が前より余計に優しくなっている気がするから、焦る必要なんかないはずなのに。

思考を休ませようとすればするほど同じ文言が堂々巡りに頭の中を駆け巡る。
無意識に同田貫の服の裾を掴んでいたのか、不意に「脱がすなよ」という小さな声が聞こえて、私は慌てて手を離した。


+++


人の声が近くから聞こえてきて目が覚めた。
いつの間にか朝になっていたらしい、隙間から差し込む朝日に目をこする。
隣に同田貫はもういない。
代わりにいつも通り私の着物が几帳面に枕の横に畳まれている。
起きたばかりの私の髪の毛はぼさぼさに跳ねていて、だからいつも初めに見るのは鏡だった。
相も変わらず好き勝手に爆発する髪を撫で付けながら、廊下から聞こえてくる会話に耳を澄ませる。

「堀川がいなかったか」
「さぁ、部屋からそのまま歩いてたらこっち着いたんだよな。邪魔したか?」
「……邪魔してはねぇけど」
「あんたやっぱりかなりの重鎮なんだろ?主と寝屋を共にしてんだから」
「まぁ重鎮、つーかなぁ……。それでお前、迷ってんのか」
「あー、そうみたいだな。広いなぁこの本丸」
「飯まで大人しくできねぇのかよ」
「あぁ、そうそう。腹減ってさ。すげぇな人間、ほんとに腹減るんだな」
「食わねぇと死ぬぞ。厠の場所は分かるよな」
「いや、わかんねぇ」
「あのなぁ……、」

聞き覚えのない声が同田貫と話している。
恐らく昨日顕現したあの槍だろう。
寝起きの格好のまま出て行くのは流石に憚られて、私はそっと息をひそめた。

「……で、あっちの廊下から風呂に行ける。西の離れの風呂は女専用だから入るなよ。つーか堀川から昨日なんも聞いてねぇのか」
「昨日教えてもらったんたけど忘れちまった」
「お前ほんとそういうとこあるよなぁ……」

呆れた言葉と共に同田貫が小さく笑った気がした。
会話が終わればきっと同田貫はこの部屋へ入ってくるだろうから、つい気を取られてぼんやりしてしまっていた私は慌てて髪を繕い直す。
なんとなく話し声が楽しそうで、私に向けるのとは違う穏やかなのに一層ぶっきらぼうな物言いが新鮮だった。

「あれ、あんたと前に会ってたか?」
「あぁ……、まぁ、覚えてねぇんだろ」
「悪いなぁ。刀だった頃のことは覚えてんだけど」

絡まった髪を強くすいてしまって痛みが走る。
慌てて手を伸ばすもあるはずのところに櫛がなく、私は四つん這いのままのそのそと布団から鏡台の前へと移動した。
出会った頃からなんの断りもなく私の部屋を開ける同田貫とは幾度もの攻防の末、結局私の方がこの姿を見られることに慣れてしまった。
けれどお世辞にも綺麗な女ではないこの姿をわざわざ晒す道理もない。
お気に入りのこの木櫛は、女風呂の脱衣場にある小さな箱に入れられていたのを拾ってきた。
恐らく上等なものだろう、私の頑固な髪の毛をも簡単に艶めかせるこの櫛のせいで、余計に前の審神者のことを女性だと思い込んでしまったみたいだ。

鏡台の引き出しを開けても櫛が見つからない。
たまに引き出しのさらに奥へと落ちてしまうことがあり、私は軽い引き出しを少し上にずらして外した。
案の定引き出しの奥に挟まっていた櫛を見つけ腕を伸ばすと、話を終えたのか同田貫が無遠慮に障子を開ける。
振り向いた私と目が合って、柄にもなく少し驚いたように目を見開いた。

「……起きてたのか」
「あ、うん。さっき」

私の言葉に同田貫は小さく頭をかくと、既に着替えを済ませたそのいつもの格好でそのまま入り口近くに胡座をかく。
何やらぼんやりと考えているのか、焦点の合わない瞳が伏し目がちにどこかを見つめていた。

「昨日の槍?」
「……は?あぁ、御手杵、っつーんだ。あんたがまだ寝てると思ったから大広間に行かせた」
「うん、いいよ。初対面でこの間抜けな格好は見られたくないし」
「……まぁ、昨日あんたが倒れてるのはもう見られてるけどなぁ」
「……それはいいの、忘れて」

外した引き出しを元に戻し、鏡台の前にきちんと座る。
少しでもいい女と思って欲しくて、私は今更に背筋を伸ばし髪をとかした。

「……あいつが、」

ぽつりと呟かれた言葉に私はなんの駆け引きも出来ずにすぐさま振り向く。
そんな私の勢いに少し笑った同田貫が、そのまま目を瞑って思い出をなぞるようにゆったりと言葉を続けた。

「あいつが、さぁ、俺と手合わせしたいって」

鍛刀の後はいつも少し不機嫌になる同田貫だったが、今回は違うらしい。
分かりやすくご機嫌で、緩む口元から気付いているのかいないのか笑みが零れている。
出会ってから今までそんな風に喜びを滲み出しているところなんて見たことがないから、つい私まで嬉しくなった。

「手合わせ?するの?」
「あー、力の差があるよなぁ」
「手加減すればいいよ。同田貫はそれくらい強いんだし」
「……でもなぁ、」
「いいじゃん、手合わせなんて申し込まれたの初めてでしょ?」
「あぁ、まぁ……」
「私見たいなぁ。あ、ちゃんとね、早く仕事終わらせるから、見てもいい?」
「なんだ、あんたやけに嬉しそうなんだな」

握りしめた木櫛を慌てて髪に通すと、案の定変なところで止まってしまった。
憎々しい髪だ、機会があれば切ってしまおうか。
同田貫はどう言うだろう。
それを聞いてからでもいい。

私の前のめりな態度に同田貫が面食らったように笑って、その笑顔がひどく優しかったから、私も満面の笑みで応える。
今いる皆からもちらほら聞いた、同田貫とは本来戦のみの為にあるような刀だと。
私がこの本丸に来てから同田貫はそんな素振り一度も見せない。
狭い部屋に飾られたままの戦装束をたまにぼんやりと眺めていることはあったが、出陣したいとも手合わせしたいとも戦いたいとも、そんなことを少しでも口に出したことはなかった。
戦を好きな癖にそれを隠しているのなら、私を守るため、だなんてつまらないこと言ってないで思う存分好きなことをしたらいい。
生きているのだから好きなことや楽しいことを沢山したらいい、と私は思う。

「同田貫の戦う姿、見てみたいから」
「面白くもなんともねぇぞ」
「でもきっと、すごくかっこいいと思うよ」

私の言葉に驚いた顔をした同田貫が、照れたように初めて素直に笑った。

「そんなら早く仕事、終わらせねぇとなぁ」

同田貫の膝元で鞘に収まる刀が、喜びを隠せない精神に呼応するかのように、小さく鳴いた。






back



×
- ナノ -