*同田貫視点



部屋の前に灯していた蝋燭の火が消えた。
鍛刀部屋の前に座ったまま、中の気配に耳を澄ませる。
ゆらりと現れた長身の影が淡い光に揺れて立ち上がった。
顕現が終わったらしい。
この瞬間は柄にもなく緊張する。
顔見知りのはずのこいつらと、初めてあったときと同じ会話を繰り返さなければならないから。


御手杵は俺のすぐ後に本丸にやって来た。
見上げるほどのでかさなのに他のでかいやつより圧迫感がない。
前の本丸は自分の次に入って来た奴に本丸の案内をしたり人間としての作法なり常識なりを教えるという決まりだった。
飄々とした顔付きはいつも穏やかで、きちんとした持ち主を経てきたわりには話がしやすい。
戦うために作られたという自負が強いのに活躍できない時代も長くあったらしい。
俺達はそれだけで気が合った。


蝋燭の火がこちらに歩いてくるそいつの影を一層大きく障子に映した。
迷うような仕草の後静かに障子が開き、懐かしいその顔が俺を見つける。

「三名槍が一本。御手杵だ」

何度この瞬間を味わっても慣れない。
本丸に昔の仲間が集まるのは嬉しいはずなのに、こいつらはまるで俺のことなんて覚えていない。
その度に突きつけられる、あいつらは本当に消えてしまったのだと。
俺を見て少し安心したように笑みを作った御手杵は、初めて会った時と同じ言葉を繰り返し、俺と目を合わせた。

「俺は同田貫正国。もう夜中だから、寝床だけ教える。あの女……、お前の主はどうした」

よく出陣も一緒に組まされたからなのか、いつの間にか部屋も同じになっていた。
内番は必ず二人で組まされたし、こいつと会話をした記憶はもしかしたら主より多いかもしれない。
それなのに、御手杵は俺のことを覚えていない。

「寝てるよ。やっぱこの人が俺の主なんだなぁ。おーい、俺は御手杵だ。よろしくなー」
「寝てるんだろ、長い鍛刀になると必ず倒れちまうんだ。入るぞ」
「その人を運んでやるのか?」
「こんなとこに寝させられるか。人間ってのはすぐ風邪引くんだ」
「ふーん。あー、俺人間になったんだなあ。あんた、同田貫正国っていうのか。正国って呼んでいいか」

こんな言葉まで同じだ。
お前はあいつなはずなのにもうあいつはいない。

「……あぁ、いいけどよ」

じわりと胸に広がる気持ちの悪い澱みに吐きそうになる。
御手杵の横をすり抜け鍛刀部屋に足を踏み入れると、案の定刀掛けの前に倒れているアカネが目に入る。
無意識に慌てて駆け寄りその顔に耳を近付けた。
静かに息をしてはいるがやはり意識はない。
畳に押し付けられた顔を起こし、いつものようにその体を抱き抱えようとすると、御手杵が俺の肩に手を置いた。

「俺が運ぶよ。初仕事だ」

飄々とした顔付きが、蝋燭の火に淡く揺れる。
懐かしい顔なのにやはりあいつとはどこか違う。
あぁ、これがあいつなら。
そもそも俺が女と付き合うことをこいつは多分ものすごく祝福してくれて、きっとものすごく笑ったに違いない。
「お前が女と?」と、きっとものすごく笑って、けれどものすごく親身になってくれたに違いない。
呑気な言葉で喧嘩すんなよー、とか、そんなことを。
そんな会話をしていたはずだ。

「……いい。俺がする」
「まぁまぁ、あんたこの本丸の重鎮か何かだろ。こんな仕事は俺がするから」

細長く大きな掌が爽やかな笑顔と共にアカネへと伸ばされた。
昔、俺とこいつは仲が良くて、互いのことは自分のことのように分かっていた。
楽しい戦がこいつといるだけで余計に楽しくなり、互いの戦績を競っては笑い合った。
次郎が女とまぐわいたい、とほざいた時、御手杵は呆れたように笑いながら言った。

「俺は大好きな女とそういうことしてみたいなぁ」

まさかあの頃、そんな女が現れるなんて思ってもみなかったよな。
街へ遊びにいっても所詮は遊びで、生き物としての喜びだけしか味わえなくて、それでも別にいいと言った俺にお前はひどくつまらなそうな顔をして言ったんだ。

「好きな女を抱いてこそ男だろ。戦で人を斬ってこそ、刀であるのとおんなじだ」

好きな女が出来た、と伝えたら、あの頃のお前はなんといって俺を笑っただろうか。
お前に会えたのに、会いたくなかった。
あの日のお前をこんなにも思い出してしまうから。

「……いい、触んな。この部屋を出て真っ直ぐ行ったら明かりのついてる部屋がある。そこで待ってろ」
「いやいや、俺が運ぶって」

声も顔もあの頃のまま。
仲良くなんてなれるだろうか。

「触んな。こいつに触っていいのは俺だけだ」

華奢な肩につい力を込めると、寝ているはずのアカネが苦しそうに「んん……」と唸った。


+++


守りたい、なんて言葉、結局執着でしかないのだろうか。

部屋へ連れて行き布団に寝かせる。
アカネはこの正装が嫌いで、だから羽織だけは脱がしてやった。
はだけそうになる胸元を無感情に直してやると、アカネの手が俺の手を緩く掴まえる。

「……起きてんのか」

わざとらしく胸元に留められた手に、抵抗はしないがそこには触れないよう努める。
俺の言葉にアカネは小さく体を震わせた。

「……お、起きてない」
「いつ起きた」
「……今、布団に置かれたとき」

小さな声に耳を引き寄せられる。
誘っているのか、アカネの手が俺の手を撫でた。

「成功したぞ。段々、気を失っても目が覚めるのが早くなってんな」
「うん。……でもまだ、気持ち悪い」

身をよじってこちらに体を向けたアカネは俺の手を抱き込んだ。
柔らかな体が布越しに手に伝わる。

「寝ろ」

柔らかな感触に何も思わないよう努めながら、確かにまだ顔色の悪い頬を撫でた。
こんな傷だらけの手の何がいいのか、くすぐったそうに小さく笑ったアカネは薄く目を開いて俺を見る。

「一緒に寝て」
「……あー、着替えてぇな」
「裸でいいよ」

大広間に行かせた御手杵に案内なりしないといけない。
まぁいいか、多分堀川か誰かがいるはずだ。
そろそろ任せてしまってもいいのかもしれない。
そんなことをあいつらも言っていたような気がするし。

「裸って、誘ってんのか」
「……うん」
「青ざめてる女を抱く趣味はねぇよ」
「……えぇ、残念」

アカネの横にそのまま寝そべると、辛そうな顔を隠して笑ったアカネが俺の頬を撫でた。

「あんたほんと、積極的だな」
「んー……、初めてだから、よくわかんなくて。焦っちゃう、ごめんね」

暗闇の中で寂しそうに笑うから、そんな顔をさせたくなくて俺はアカネの体を出来るだけ優しく抱き締めた。





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