ふわふわする。
まるでここにいる皆が私と気持ちを共有してくれているみたいだ。
心なしか皆の顔が暖かく、嬉しそうに見える。
この大広間全体がふわふわ、華やいだ雰囲気に包まれた気がした。
浮かれた気持ちが収まらない。
ふわふわふわふわ、楽しくて嬉しくてもう止まらなくて、軽く重ね合わせた互いの手に、全神経が集中しっぱなしだ。

「結局、寄り添うことに落ち着いたか?」

誰も座らなかった私と同田貫の前に岩融が豪快に座った。
もう食事の準備はできたようで、まくりあげていた服の裾を戻しながら岩融はいつもの大きな声を張り上げる。
それまでただ互いにぼんやりと手をさすりあっていたのに、その一言で私から冷たい手がするりと離れた。

「放っとけよ」
「主の嬉しさが漂うて仕方ないんだ。祝福させろ」

離れてしまった手を追おうと机の下に手を伸ばすも、どこへやったのか私の手には畳のざらつきしか感じられない。
胡座に座り直した同田貫は、その腹の前に両手を組んでしまっていた。
自分同士で手を繋がなくてもいいのに。
些細なことなのにまだ自信のない私の気持ちは簡単に傷付いた。

「蔵の酒を出したんだ。今日くらい、いいだろう」
「あっ、お前ら……、あのなぁ、こんなことで浮かれて後悔したら、」
「『こんなこと』なら余計に、祝福『くらい』させてもらおうじゃないか。やっとお前の揺らぎが収まったんだ、喜びたくもなるさ。なぁ、皆。今日は無礼講だ」

岩融の声が大広間に響いた。
いつの間に運び出していたのだろう大量の酒がもうすでに机の至るところに置かれていて、同田貫の制止の言葉も聞かず待ってましたとばかりにそれぞれが景気の良い音で蓋を開ける。
満面の笑みで一升瓶を片手に持ち上げた岩融は、私と同田貫の前に漆の盃を置き、遠慮なく豪快に酒を注いだ。

「あ、りがと……」
「まぁそう睨むな。次郎あたりから聞かなかったか。皆、何も考えてないわけでもないさ。俺と鶴丸、太郎は呑まない。今日くらい、主とゆっくり呑んで、ゆっくり眠れよ、同田貫」
「三人で、大丈夫か」
「短刀はああ見えて皆ザルだ。呑んでもまず酔わないし、長曽祢は責任感があるからなぁ、そこまで呑まないんじゃないか」
「でも、」
「いいから呑め。なぁ、主、祝福してもいいだろう?」

岩融が心底嬉しそうに目を細め、私に笑いかけた。
ふわふわふわふわ、込み上げる嬉しさが止まらない。
逃がしてしまった手を諦めて、私は大きく頷く。
横目で同田貫が呆れたようにため息をついたが、私は岩融と同じ笑顔を作った。

「うん。祝福して」
「ははは、主の命令は絶対だからなぁ」
「……あんたなぁ。今日もし襲撃があったらとか、考えられねぇのかよ」

寂しそうな声で同田貫が呟いた。
一瞬にして暗く塞ぎこむその表情に不安が胸を駆け巡る。
私から離れた手がやはり私のことなど受け入れてなどいないような気がして、急速に悲しみが体を支配した。
私が好きだと言ったから、合わせてくれているだけなのかもしれない。
けれどもうそんなことどうでもいいくらいに、私の気持ちは同田貫に奪われてしまっている。

「いい加減になぁ、同田貫よ」

岩融が不意にその三白眼で射るように同田貫を見つめ返した。
細く長いため息を一つついて、酒の入った盃を同田貫の方へ押し出すと怒気を孕んだ声で静かに呟く。

「もし、今日が『その日』になったとしても、後悔することなどないように、今、しっかりと主の手を握り返してやるべきなんじゃないのか」

空気がざわりと震えたのが、私でも流石に分かった。

「お前が恐れているのは、後悔を抱えたまま生き続けること。そうだろう」

暫くじっと岩融の瞳を睨み返していた同田貫だったが、次第にゆっくりと視線を落とし、はぁ、と大袈裟なため息をつく。
腹の前に組んでいた両手をほどき、差し出された盃を左手でやっと、持ち上げた。

「……任せたからな」
「勿論だ、同田貫。お前は与えられた人生を楽しめ。さぁ、主も、宴といこうじゃないか」

同田貫はその言葉と同時に迷いなく盃に口をつける。
大きく上を向いて一瞬でその全てを呑み込むと、盃を机に静かに置くとぷはっ、と大きく息を吐いた。

「言っとくが、俺は酒、弱ぇからな。お前らが言い出したんだ、乗ってやるよ」

同田貫の言葉に岩融がにんまりと大きく口を開いて笑った。
後ろで聞き耳を立てていたのだろう他の刀剣達も一斉に歓声を上げ、「乾杯!」と言う声が大広間に響いた。

「聞いたか、主。俺達が同田貫を酔い潰してやるから、介抱してやればいい」

ふわふわふわふわ、止まらない、花が咲き乱れて止まらない。
悲しみの感情がゆるゆると消えていく。
不安がなくなる。
本丸の皆が、私を後押ししてくれる。

「はぁ?!」
「うん!」

本丸全員の視線を一身に受けた同田貫が素頓狂な声をあげた。
固い肘に右手を這わせて、その腹の前に置かれたままの右手を掴まえる。
大袈裟にびくりと体を震わせた同田貫は、ぎこちない顔でやっと、私の方へと向き直った。

「手、繋いでてよ」

冷たい掌がまた、私の掌に収まる。
本丸の皆と私の圧力に観念したように、同田貫は口の端を上げて自嘲気味に小さく笑った。

「……せめてさぁ、二人きりの時にしてくれよ」

冷たい掌をなぞると、かさついた指が私の手を慈しむように撫でてくれる。
同田貫は天井を仰いでまた、大きく息を吐いた。
何を考えているのか、揺れる瞳がゆっくりと細められる。

「やっとこうして触れ合えるんだから、今しておきたいことは今しないと、ね」
「切羽詰まってんなぁ……」
「はっはっは、お前がそれを言うか、同田貫」

岩融に豪快に笑い飛ばされ、同田貫は罰の悪そうな顔をして小さく舌打ちをした。

「お前も素直になっておけ。後悔するのはもう、嫌なんだろう」

無言で押し戻された盃に酒を大雑把に注ぎながら、心底楽しそうに岩融はそう、ゆっくりと口にした。





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