*『09.合わない視線』の堀川視点。



主さんは同田貫さんの強さを知らない。
同田貫さんがこの本丸にとってどれだけ異質なのかも、きっと知らない。
主さんによって生まれた僕らは、主さんと太い一本線で繋がっているような感覚がある。
主さんの感情の揺らぎはどれだけ離れていても小さく感じ取ることが出来た。
個性や考え方の違いはあれどそれぞれの意思の共有は確固たるもので、なんとなく相手の考えていることが分かるのも主という存在があるお陰だ。
けれど別の主から顕現された同田貫さんに限っては、異質な違和感として常に僕らの脅威のような、しこりのような、そんな不自然さが付きまとった。
その不気味なしこりを僕らが愛してしまっているのも、主さんの意思を共有してしまっているからなのだろうけれど。


僕の手をまじまじと見つめながらその柔らかな手で揉みしだく主さんに嬉しさこそあれ、不埒なことは一切思い浮かばない。
嫌でもないから払いのけたりもしないわけだが、もっとしてほしいとも腕だけでなく他の部分も触ってほしいとも、ましてや主さんのことを触りたいとも思わなかった。
これが恋と、信奉との違いなのかと。
「あったかい」と当たり前のことを呟く主さんの旋毛を見ながら、僕は思わず笑ってしまった。

「冷たい人間なんて、いないもんね」

主さんが僕の手を慈しむように撫でながら、寂しそうにそう言った。
僅かばかり胸の奥がつんと痛み、突如として真っ黒な不安が込み上げてくる。
皆も主さんの不安を感じ取ったのか、乱と愛染が視線だけを僕に向けた。
主さんと繋がってはいるがその感情を大まかに感じるだけで、今何を思っているのかまでは理解できない。
この不安はなんなのか、分からなくて、内心焦りながらも二人に慌てて首を振る。

「そりゃ、貴方が僕らを人間にしてくれたんですから。冷たいならまだ、刀のままじゃないですか」

主さんの不安を消し去ろうと、努めて優しい口調で僕は言った。
触れればすぐに切れてしまいそうな薄く白い肌が、それでもなお、確かめるように僕の手を握りしめる。
声にならない声で返事をした主さんだが、芽生えた不安は消えそうにない。
むしろざわりと深く、落ちていくような不安がひどくはっきりと感じ取れて、乱と愛染が心配そうに僕を見つめる。

なぜこんな言葉で、そんなに悲しい不安が主さんを襲うのだろう。

その正体が分からずふと顔をあげると、睨むような視線を向ける同田貫さんに気付いた。
怒っているのかいないのかいつもの無表情でこちらを見つめる同田貫さんは、主さんが僕の手を握るその一点を見つめている。
さっきと変わらず長曽祢さんと次郎さんが何か話していたが、気の無い返事をする同田貫さんの視線は動かなかい。

「見てますよ、同田貫さん」

これが、恋と信奉との違いだ。
恋とは下心が付き物で、見返りを求める面倒なものだ。
僕は主さんに肉欲を感じないし、主さんが他の男と話していてもあんな冷たい顔で睨んだりはしない。
昼間皆で話したが、やはり同田貫さんの限界はすぐそこまできているのだ。
下心を隠せるほど器用でもないのだから。

僕の言葉に主の不安が一瞬にして消え去った。
たったその名前一つで先程までの暗い不安がどこへやら、突然花が咲き乱れたかのような嬉しさが僕らの中に流れてくる。
その激しい感情の揺れに僕まで嬉しくなって、けれど主さんがこれだけ手の内を晒しているのにも関わらずまだつまらない意地を張り、前の主への義理立てを優先しようとする同田貫さんには優しくできない。
僕らの主は今の主さんでしかないのだ。
同田貫さんに辛い出来事があったとしても、僕は僕の主さんだけを優先する。
僕の思いは、恋ではなく信奉なのだから。

「だめです振り向いたら。そのまま皆と仲良く食事の準備、しましょう」

わざと主さんの背中に手を添えると、いつもふらふらと行き場のない同田貫さんの殺気が僅かに自分を認識したような気がした。
ひどく冷たい痛みがすぐ背後まで迫っているような、けれど今振り向くわけにはいかない。
噴き出す冷や汗をなんとか笑顔に誤魔化す。
乱と愛染がきっと殺気に反応したのだろう、瞬時にぴりついた空気に変わったから、僕は目配せをしてその緊張を解かせた。
不満そうな顔で二人が僕に困ったような顔を向けたが素知らぬ顔を貫き通す。

「一瞬でも貴女と同田貫さんが離れたら、よく分かんない今の状況も、変わると思いますよ」

皆主さんを好きで、皆主さんの為に動いている。
だから主さんが愛してしまっている同田貫さんをも愛してしまえる。
それなら、向けられる殺気も、嫉妬も、可愛いものだと、そんな風に思えた。

「今日の配膳は主か?」

岩融さんが労うような優しい眼差しで僕に笑いかけてくれたから、僕はまだ頑張れる、大丈夫だ。
どうでもいいから早く素直になってくれと、持て余す殺気をやっと引っ込めた可愛い存在にそんなことを思った。




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