慣れた手つきでなんの遠慮もなく、岩融は私の持つ盆の上に山盛りに白米を盛り付けた茶碗を乗せていく。

「ちょ、っと待って、重い!」
「はぁ?やれやれ、非力だな」
「並べてきてください、主さん。まだまだたくさん運ばなきゃならないんで」

鼻で笑った岩融を尻目に、私は手が震えるほど重くなった盆を危なっかしく揺らしながら広間へと戻る。
「次は味噌汁だぞ、主」と揶揄する岩融の声が後ろから聞こえたが振り向く余裕もない。
高い段差を愛染と乱に見守られながらなんとか登り、そうしてがらんと広がる大広間の端へと歩を進めた。

大広間には相変わらず三人で話をしている同田貫達がいる他に、鶴丸と太郎が二人で呑気に茶を啜り、浦島と骨喰が箸と飲み物を並べて忙しなく動いている。
誰もいないところから茶碗を並べようか迷ったが、次郎の大きな声が響いたから私はそちらに向き直った。

「ははは、あんたそりゃないよ」
「それしかなかったんだよ」
「まぁそんなの見たら夢に見そうだしなぁ」
「だから仕方無く……、なのに、あー、くそ」

がしがしと頭をかきむしった同田貫の前に茶碗を置く。
静かに置くつもりが盆が重すぎてバランスを崩し、怒っているような乱暴な置き方になってしまった。
がん、と茶碗が机を叩いてから、笑い合っていた三人はぴたりと静かになり、窺うように私を見上げる。

「……あ、ごめん。重くて」

同田貫だけは私の顔を見ようとしない。
次郎が乾いた笑いを一つすると、長曽祢が「あー、」と唸った。

「手伝おう、主。俺が盆を持つから、あんたは机に置いていってくれ」

のっそりと長曽祢が立ち上がる。
私が両手で懸命に持っていた盆は易々と奪われ、返事をするより前に次郎が「ありがと、主。アタシ達も手伝うかねぇ、ほら、同田貫」と、同田貫を促した。
同田貫は気だるそうに立ち上がるも、どこか表情を隠すように押し黙ったまま次郎について台所へと向かう。

「……さて、並べてしまおうか」

長曽祢がぽつりと呟くまで、私は知らぬうちに強く唇を噛み締めていた。

胸の中の澱みがひどく濃くなる。
言葉にしたいのに何を言葉にすれば正しいのか分からない。
いくらみんなに説得されたからといって、こうも簡単に私から離れるものだろうか。
それともやはり、さっき同田貫の唇に触れてしまったことが、避けられている原因だろうか。
だとしたらもう、近侍にいてもらうことすら私には苦痛だ。
同田貫が私を守りたい気持ちは痛いほど理解しているつもりなのに。
前の審神者と同じ後悔を繰り返さないために私のことを守ってくれている。
けれど四六時中私のために目を光らせるのはきっと容易なことではないし、現に同田貫は寝不足を隠せないほど目の下の隈を大きくさせていて、だからきっと他の刀剣もそれを案じて同田貫を諭したのだとも思う。
自分達もある程度強くなったのだから、互いに少し自由になっても大丈夫ではないかと。
今はその優しさが逆に私を苦しめているが。
同田貫が私のことを女と見てくれていたとして、それでも恋心が沸かないのであれば私の気持ちは互いの邪魔でしかない。
私がこの気持ちを捨てることはきっと当分は無理だろうから、私のためにも近侍から外れてもらうことをもっと真剣に考えなければならないのか。
いや、もしかしたら永遠に、この気持ちは膨らむばかりかもしれない。

結局ぼんやりしていて茶碗をひとつ割った私は、岩融に呆れられ長曽祢に遠回しに手伝いを解雇された。
ため息を長くつきながら、結局元の場所へと腰を下ろす。
口付けを交わした筈の唇に小さく触れるも、なんの変哲もない乾いた生暖かさが指をなぞった。

片想いなんて、ほんとに、悔しいだけだ。

熱くなった目頭を押さえ込む。

長いため息が意図せず口から漏れた時、不意に私の隣に誰かが乱暴に座った。
がん、と、うるさい音に私は思わずびくりと反応してしまう。
つい視線をあげた先には、いつもの無表情な同田貫の横顔が間近にあった。

「悪い。重かった」

同田貫の手には柿が三切れだけ入れられた皿が握られていた。
それを二つ机に並べた同田貫は、小さくため息を溢してからその一つを私の方へ押しやる。

「柿も、もう実ってんだってな」
「……う、ん。そうなんだ……」
「あんたが好きなら、梨とか育ててみるか」
「……柿の方が好き」
「そんなら柿の木、もっと増やしてもいいかもなぁ」

隣から、静かで穏やかな、間延びしたいつもの声が響く。
嬉しさで唇が変に震えた。
なんとかそれを誤魔化そうと俯くと、同田貫が私の皿に自身の柿を全て移し入れている。
太い指がなんの躊躇もなくそんなことをしてくれるものだから、やはりこの気持ちは消えそうにない。

「え、柿、食べないの」
「あんたにやるよ」
「いらない」
「好きなんだろ」
「好きだよ」
「じゃあ、やるって。まだ食べられそうなのが少なくて今日はこんだけしか採れなかったらしいけど、一週間もすりゃあの辺一帯すげぇ実るからそしたら腹一杯あんたに、」
「同田貫のことが好きだから、いらない」
「食べ、させ……、はぁ?」

同田貫が驚いたように目を見開き、やっと私に視線を向けた。
今どんな顔をしているのか、きっと情けない負け顔なのかもしれないが、もうどうにも我慢できなくて私は同田貫の手を握り締める。
ぎこちなく動きを止めた同田貫が一瞬視線を泳がせたのが分かった。
困らせてばかりいる。
まるで立場が変わったみたいで、自分でも滑稽なほど私は必死に同田貫に詰め寄った。

「好きなものを好きな人に食べてほしいのは、人間として当たり前でしょ」

怒りなのか焦りなのか、私が吐き出した言葉に同田貫は面食らったように口をぽかんと開け、私の瞳をやっと見つめ返した。
握り締めた掌はやはり信じられないほどに冷たい。
両手で握り締めると、逃げたいのか大きな掌が小さくもがいた。

「美味しいなら、尚更同田貫に食べてほしい」

皿に移された六切れの柿が窮屈そうに重なっている。
血が上って熱くなった顔に、同田貫からの反応が怖くて私はまた俯いた。

「……そりゃ、嬉しいけどよ」

大広間にはぱたぱたと色んな人の足音が響いている。
全員が揃っているはずのこの場所なのに、私と同田貫の周りには誰も座らない。
静かな声で同田貫は呟くと、私が掴まえた手を机の下に引き入れた。

「俺も、あんたと同じなんだけどな」

耳元でぽつりと囁かれた言葉に、胸が急速に熱くなる。
ぎゅ、と机の下で手を握ると、無表情を崩して目を細めた同田貫が、僅かに頬を染め上げた。

「好き」

他の人の目なんか気にならない。
同田貫の肩に頭を擦り付け、溢れる想いを小さく呟く。
同田貫は目元を左手で覆い隠しながら肘をつき、それからため息と共に言葉を紡いだ。

「……こんなとこで、……勘弁しろよ」
「さっき隣に来てくれなかったのが悪い」
「今まで散々俺から逃げたくせになぁ」
「私のこと好きになって、そばにいて」
「あのな、俺だって動揺すんだ。少し考えさせろ」
「えぇ……、何を考えるの?」
「……あんたと、恋仲になっていいのかを」

握り返してくれない冷たい手を強く握る。

「なっていい、よ」

私の言葉に同田貫が一瞬黙りこくって、それから大きく息を吐いた。
左手からちらりと私を覗いた同田貫は、低い声でまだ迷うように「あー……」と長く唸ってから、ほんの小さな声で呟く。

「……なる、か?」
「うん!」

言葉と同時に同田貫に抱き着くと、真っ赤な顔をした同田貫が「やめろ!」と言って私を左手で引き離した。
その動揺っぷりが面白くて、私は我慢できずに満面の笑顔で笑ってしまう。
机の下で同田貫の右手がやっと私の手をゆるく、握り返した。
その冷たい優しさに、私はとにかくうかれてしまって仕方がなかった。





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