「また、泣いてんのか」

祈るように手を合わせた。
何日かかろうとも耐えようと決意した。

「……泣いて、なんか」

貴方にもう一度会えるなら。
貴方にもう一度会いたいから。

「泣くなよ。笑え」

蝋燭の火がゆらゆらと揺れる。
仰々しく祀られた刀掛けの前に音もなく顕れた真っ黒な貴方は、跪く私の頬にゆっくりと手を伸ばしてそう言った。

「……そんなの、無理」

がさついた硬い手が私の頬に伝った涙を遠慮がちに拭う。
触れられた温かい感触に、やっと私の緊張が解かれていくのを感じた。

「無理だよ……」

2年間の寂しさが、ようやく、溶けていくのを感じた。

「……あんたなぁ」

一番初めになんて言おうか。
2年間、冷たい刀に触れる度そればかり考えていた。
けれど私と目が合った途端に同田貫がものすごく優しく瞳を細めて笑ったから、もう私は言葉が詰まって何も言えなくなった。
2年前に見たボロボロの姿じゃない。
目の下の痣のようなクマも消えていたし、やつれた顔つきも生気に溢れていた。
身体中に入っていた小さな傷も消えて、触れられた掌は硬く骨張っていたがとにかく暖かくて、優しかった。

「……かっこよすぎて、泣ける……」

片時も離れてなんかやらなかった。
刀の姿の同田貫は私の背中に僅かな硬さと冷たさをもたらすばかりで、話しかけても応えてはくれず抱きしめてもただただ寂しさが募るだけ。
いつか、いつかと願っていたがその方法も分からず、もしかしたら一生このまま戻らないかもしれないと、そんな考えが頭をよぎらなかった日はない。
けれど、いつか、と。

私の言葉に同田貫は細めた瞳を僅かに丸くしてそれから、堪えきれないというように、小さく噴き出した。

「そんな理由なら尚更泣くなよ」

柔らかな声が、耳元で囁かれる。
暖かな手が私の頬を遠慮がちに包んで引き寄せる。
合わせた金の瞳が、懸命に私の瞳を映そうとゆるゆると揺れていた。

「……そんな理由、なんかじゃ、ないもん」

ふ、と至近距離から息がかかる。
ごつごつした掌、暖かい体温、柔らかい瞳、気持ちのいい唇。
軽く触れただけなのに、身体中に幸せが溢れて止まらなかった。



   幸
   福
   論




「温泉、入る?」

小さな蝋燭を灯しただけの真っ暗な部屋で、私達は2年ぶりに体を重ねた。

「……今からか?」

鍛刀には7日7晩もかかった。
鍛刀というより復元らしい、白山くん曰く。

「……明日、にする?」

2人で布団に潜り裸の体を抱きしめ足も絡めたまま、自分の肌が同田貫の肌に柔らかく吸い付く感覚が気持ち良かった。
暖かい体に抱かれることがこんなにも気持ちのいいことだとは、凍傷になったあの夜からは考えられないことだ。

「明日にするか。あんた眠そうだ」

私の体に入ってきた同田貫は暖かいより寧ろ熱くて、動く度に吐く息は生暖かく、漏れる声を塞ぐように合わせる唇も舌も、熱くて熱くて、優しかった。
頬を撫でる大きな指が私の唇を名残惜しそうになぞる。
7日7晩、溜まった疲労にとうとう耐えられなくなった私は、ぎゅ、と精一杯同田貫の体にしがみついて重い瞼に力を込めた。
小さく笑った同田貫が私の額に自身の額を寄せ、のんびりとした、穏やかな声で囁いた。

「時間は、沢山あんだから」

同田貫も私を強く、抱きしめたのが分かった。

「好きだよ」
「俺の方があんたを好いてる」
「……明日からは、ずっと傍にいてね」

もう2年も前になる。
もう2年、なのか、たった2年、なのか、今ではもう後者の方が強い気がした。
永遠だと感じていた時間が、今思えばなんてことのない、ほんの一瞬の出来事だったようにも思える。

「初めから、ずっとアカネの傍にいるだろ」

今この瞬間に出会えたから、絶望に抗い続けた日々も、愛しいとさえ思える。





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