阿波まとめ | ナノ
きらい
「二年は組、阿波吉野だ。三日で泣き寝入りしないよう精々頑張れよ、ちびっこ」
食満の阿波に対する第一印象、それはなんとも宜しくないものだった。
一言で言うなら、嫌みな先輩。
「よお、ちびっこ」
「留三郎です」
「今日はあの可愛い子一緒じゃないのか」
「…伊作のことですか?」
「そうそう。保健の一年。ふわふわで可愛いよな」
「っ伊作になんかしたらタダじゃおかねぇぞ!」
「お、向かってくるかちびっこ。でも俺は今から授業なんだ」
ぎゃあぎゃあ喚く食満の言葉なんてどこ吹く風。
なんとも意地の悪い笑顔で食満の頭をぐしゃぐしゃに掻き雑ぜると、阿波はそのまま去って行った。
「うう…ちくしょう…あっ」
消えていく阿波を睨みつけていた食満だったが、そういえば姿の見えない同室者を探していたのだ、と慌てて廊下を駆けだした。
その後ろ姿を、反対に阿波が見つめていたとも知らないで。
「伊作!」
「留さん」
あれから半刻は経っただろうか。クラスメイトから伊作発見!という知らせを受け取り、食満は慌てて医務室に駆け込んだ。
そこには委員会の先輩に手当てを受ける探し人の姿。擦り剥いた傷も痛々しい腕や頬を見て、食満はぐっと息を飲んだ。
「なんでそんなに傷だらけなんだよ…!」
「これ?えっとね、僕、先輩に呼ばれて」
「伊作」
やんわりと窘める声で、伊作がはっと口を塞いだ。その仕草に何やら不穏なものを感じる食満だったが、手当てをしていた二年生が「そろそろ夕餉の時間だから食堂に行きな」と言って追い出されてしまった。伊作共々。
「伊作…やっぱり何かあったんじゃないのか?もしかして誰かに苛められたのか?」
大人しく食堂に向かいながら、気になっていた事を聞いてしまう食満。善法寺伊作はその優しさゆえか不運ゆえかタチの悪い先輩グループに目をつけられていて、しばしば偶然を装って絡まれたりしていた。
その度自分が助けていたのだが、まさかまた…と不安そうな食満に、善法寺は笑う。
「ちょっと色々あったんだけど、偶然通りかかった先輩に助けて貰っちゃった」
「先輩?さっきの?」
「ううん。知らない先輩だった。でも制服は二年生のだったなぁ…」
突然現れて自分よりも上の学年を何かのからくりで一瞬にして全員昏倒させ、そのまま善法寺を担いで医務室まで送ってくれた。偶々そこにいた先輩と知り合いだったらしいその人は、短い会話の後、顔を歪めて飛び出そうとした先輩を慌てて止めていた。そして善法寺を見てにやりと楽しそうに笑い、一言。
『このことは誰にも言うなよ。俺が謹慎食らうからな』
『謹慎食らうくらい凄い新作か…伊作、黙っといてやりな』
呆れたような先輩の言葉に、善法寺はぽかんとしながら頷いていた。
だからどれだけ心配してくれていたとしても、詳しいことは食満には話せない。少しだけ申し訳なく思いながらも、これぐらいならいいか、と付け足した。
「真っ直ぐな黒髪が腰まで伸びてた。二年生であれぐらい伸びてるのも珍しいよね」
「腰まである、真っ直ぐな黒髪…」
まさか…まさかな…。
食満は善法寺の言葉に一瞬頭をよぎった意地悪な笑みを、慌てて頭を振る事で追い出したのだった。
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