阿波まとめ | ナノ
歌わず忍びます!1



「マスター…わい、ええ加減かっこえー曲歌いたいわ」

それはとある日曜日のこと。
朝っぱらから食パン片手にスレ漁りというオタ充の限りを尽くしていた俺に、じっとりとした不満声がかかった。
発生源を見ればそこには俺より幾らか年下の少年が、俺のベッドで胡座をかいて座っていた。

「贅沢言うなヨシノ。お前より先輩のカイトだってネタ曲から這い上がってんだぞ」
「マスター、僕もかっこええ曲歌いたいです!」
「ちょ、お前までなまるなwww」

俺の言葉に反応したのは、床に寝転んでクロスワードに興じていた青い髪の青年。正式名をKAITOというれっきとした音楽ソフトだったはずなのだが、ある日突然ウインドウから飛び出してきやがった未知の生命体である。
俺の腰を抜かしただけじゃ飽きたらず、その時食っていたバニラアイスまで奪っていった犯人は、その後もちょくちょくPCを飛び出し今では俺の部屋にいる時間の方が多くなっていた。
そのカイトが突然連れてきたのが今ベッドの上で胡座をかいて俺の桃ジュースを飲んでいる少年、ヨシノだった。
なんでもヨシノはカイトと同じボーカロイドの一種なのだが突然変異の亜種だそうで、ネットの海をさ迷っていた所をウイルスと勘違いされてバスターに追われ、それを偶然カイトが拾ったらしい。

『ね、マスター、いいでしょう?僕ちゃんと面倒見ますから!』
『元いたところに返してこい。家にはお前一匹で精一杯だ』
『酷い!マスターの鬼!悪魔!音痴!』
『最後のは余計だ!』
『あのー』

怒鳴り合う俺とカイトを見かねたのか、それまでぼーっと会話を聞いているだけだった少年、ヨシノが初めて口を開いた。

『何か状況がよく分からないんだけど、ここは?俺、気付いたら変な追手に追われてて…』
『あれはバスターといって、ウイルス駆除ソフトですよ。にしても凄いです!僕、あんな風にしてバスターと戦ってる同族初めて見ました!マスターの持ってる漫画に出てた忍者みたいですねっ』
『そういや服装も…っていやいやいや、なんか面倒そうなフラグがビンビンじゃねぇか!全力で拒否する!返してこい!っつか出てけ!』
『あ、いや、俺は場所さえ分かったらすぐにでも帰…れ…ん、かも、なぁ…』

灰色の忍者服を着たヨシノは、俺とカイト越しに部屋を見回して、何やら酷く奇妙な顔をしていた。
俺の部屋は一部オタ臭を放ってはいるが、平均的な男の独り暮らしの様相だ。何故そんな顔をされなきゃならんのだ、と詰め寄ろうとした俺より先にカイトがヨシノに飛び付いてあれやこれやと説明し出した。自分のこと、ボカロのこと、ついでに俺のこと。おい俺がついでってどういうことだマスター様だぞ一応。
ヨシノはそんな説明に一々頷き、質問し、間で例の言葉にしづらい奇妙な表情を浮かべ、最後に長い黙考の後、ぽんと手を打ち一言。

『よっしゃ、やっぱ今日から世話になります』
『はぁぁぁぁ!?』
『はーい』

ばらばらの反応を受けながら申し訳なさそうに眉を下げて笑ったヨシノは、それ以来ずっとここにいる。
たまにネットに潜っては何かを探しているようだが、今のところ成果はないようだ。代わりのようにいらない知識や服データが増えているようで、今や奴は忍装束からフードパーカーやチュニック、ワークパンツといった現代風にモデルチェンジしていた。言動も日々可愛いげがなくなって本来のものなのだろう何処かの方言に変わってきた。

「ほらカイトもほない言よんやん!そもそもマスターがネタに突っ走るんがあかん。いや、笑いは重要やと思うよ?思うんやけどな?わい、まともに歌ったんて練習で歌わされたマスターの母校の校歌ぐらいなんやもん!」
「僕はきらきら星ぐらいです…」

もっと今時の格好良い曲が歌いたい!と訴えてくるボーカロイド達。あああ可愛くない!というかどっちかが女だったらまだ華があったのに、なんで両方男!?

「元々ボカロはネタ用で買ったんだよ!追い出されないだけありがたいと思え!」
「あー、マスターそんなこと言うんですかー!?ひどーい!もう今日の夕飯マスターだけカップラーメンです。決めましたっ」
「食事買い物洗濯掃除にゴミ出し…ボカロに丸投げしといてよう言うわ。わいらがおらんかったらもう生きてかれへんのとちゃうか」



「なっ…!せ、生活費稼いでんのは俺だろ!?いわば一家の大黒柱!敬え!」
「でもわい、もう一人で食ってける程度には稼いどるしなぁ」
「………は?」

目を点にする俺の前に、ヨシノは通帳をぴらりと広げた。それは俺が生活費を入れているもので、情けないが実際身の回りを二人に丸投げしている俺はそれを随分前に預けていた。金のことに関してはみっちり教え込んだし、まあ大丈夫だろうと信用して。
その通帳の残高が、メタモルフォーゼを遂げていた。いや、悪い方にじゃなくて、ビックリするほど良い方に。

「なっなっなっ…ど、どうやって…!」
「壊れた機械の修理やら、プログラムの直しやら…まぁ色々と」

ヨシノは元々物を直すのが得意なようで、初めは見たこともないと言っていた機械も一回バラせば普通に理解していた。更に奴はネットに潜った際プログラムなどが壁や置物に見えるらしく、それも修理出来るようになっていた。俺も何度かバグったゲームを直してもらったもんだ。
そんな便利なヨシノだが、まさかそれを商売にまでしていたとは…つくづく侮れないガキである。

「あるもんはなんでも使えっちゅうのが教えでな。商売の基礎も仲間に聞いて噛じっとったし…ほれに、なんやおまはんに養われてばっかも悪いなぁ思て」
「ヨシノ…」

あの時のように申し訳なさそうに笑うヨシノを見て、俺はどう反応すればいいのか分からなくなった。少なくとも、あの日のように簡単に「出てけ」とはもう言えない。それほどにヨシノは俺の生活に馴染んでいた。
そんなテンパった俺に救いの手を差し伸べたのは…

「そんなの気にしないでいいんですよ?マスターが僕らを養うのは当然です!」
「お前は空気くらい読めこのKYボカロ!」

いやある意味凄ぇ読んだけどな!でもそれはないだろ!?
泣きそうな俺に、しかしカイトはきょとんと首をかしげた。

「だってマスターは大黒柱なんでしょう?一家の主は盃を交わした家族を養うものだってこの前ドラマでやってましたよ?」
「大分違うけど、なるほど…確かに俺はこの家の主だからな。おいヨシノ」
「…なん?」
「そういうことだから、今後そういう遠慮は一切するなよ。まあ稼いでくれるのはありがたいけど」

俺がお前らを養いたいから養ってんだ。家族だからな。
そう告げると、ヨシノは目を真ん丸にして固まった。

「あ…」
「あ?」
「ありがとさん…」
「ああ!ヨシノ顔が真っ赤ですよ!病気ですか!?」
「お前はそろそろ空気を読む練習しような…!」

漫才みたいな俺とカイトの言い合いに、頬を赤くしたまま楽しそうに笑うヨシノ。
いつまでこの日常が続くかなんて正直全然わからないけれど、今日も俺の家は賑やかです。



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