阿波まとめ | ナノ なんとかの心臓



「三倍返し…唯でさえ金無いのに…」

自室のベッドで頭を抱える事二時間と数十分。
今日、バレンタイン無差別テロの真相を知るに至った阿波は、その後言われた近江の一言に頭を悩ませていた。
原因は白いシーツの上に転がる可愛らしい箱…近江に貰ったバレンタインデーチョコ。そのお返しは三倍返しだと告げられて、年中金欠な阿波はどうしたものかと帰寮後ずっと自室に籠り唸っていたのだった。
毎年唯一チョコをくれる弟は普段一緒にいられない分、一緒に遊びに出ればそれが一番のお返しだと喜んでくれる。寂しがりな弟がデートと茶化すそれを、まさか近江にやっても…とても三倍返しにはなるまい。それどころか先々の店で奢らされそうだ。財布は軽くなるどころか羽ばたいてしまうだろう。
というか大人しくホワイトデーまで待っていたら、それこそ利息とか口実をつけて四倍五倍にも膨らみそうな気がする。

「うーん」

どうしたものか。
悩みだして三時間が近くなる頃、段々と自棄になって来た阿波は、遂にベッドから跳ね起きた。
そのまま改造したベッド下の収納庫に手を突っ込み、あれやこれやと道具を取り出す。
こうなったら、とことんやってやる。会計委員ではないが、これは合戦だ。

「覚悟しとれよ、湖滋郎…!」





「なんや今日、やけに一部が騒がしいな」
「そやね、なんやろ」

次の日の放課後、近江が讃岐と会計室目指して歩いていると、進行方向がざわざわと騒がしい事に気付いた。
生徒達の大半は部活動や委員会活動で忙しくしているからそう多いざわめきではないが、笑い声や泣き声、囃し立てる声が煩い。眉を顰めて凝視すると、まばらな人垣の向こう、まさしく目指していた部屋の前に原因はいた。

ピンクのうさぎさんが。

なんとなく目を擦って見直してみたが、間違いではない。間違いであってほしかったが。
遊園地やデパートなどでよく見かける、中に人間が入っているタイプの着ぐるみ。風船を持ってそうだが、実際そのふわふわな手に持っていたのは真っ赤な薔薇の花束だった。そして着ぐるみが着ているのは、真っ白なタキシード。ファンシーさとシュールさの境目を高速移動する光景に、周囲の生徒達は様々な反応を見せている。
目的地の前を占拠されている以上どうやってもあれに接触しなければならない状況に、讃岐と近江は眼を見合わせた。お前が行け。いや、そっちが行け。瞬時に交わされたアイコンタクト。これが前世なら矢羽音でも飛んでいただろう。
結局押し負けたのは近江で、はぁ、と嫌そうな溜息を吐いて、ゆっくり不審兎に近付いて行った。

「なぁ、あんた何して…」
「お、ようやく来た」
「しかも吉野君か…」

中身が旧知の人物だったと知り、物凄い疲労が圧し掛かって来た。どういうことだ。もしかしてこれは予算を奪い取る何かの作戦だったりするのか。
そんな近江の心境を知ってか知らずか、兎(阿波)はゆっくりと近江にひざまづいた。え、と目を開く近江。爆笑する讃岐。歓声に沸く周囲。

「湖滋郎さん。君はホワイトデーと言ったけど、君の事を考えると(利息的な意味で)待ってるなんて無理だったんだ…ということで受け取ってくれ。俺からの気持ちだ」
「はぁ」

何とも気の抜けたような返事が出てしまったが、一体それ以外に何を言えたというのだろう。つぶらな瞳の兎(阿波)がもふもふの手で恭しく差し出した薔薇はつやつやと光り、まるで朝露に濡れたような……

「ま、まさかこれ…!」
「HAHAHA。君なら気付いてくれると思っていたよ。そうさ、それは硝子製の造花さ…俺の技術の粋を集めて作りました。まさに給料三カ月分は集中したと思います。ということでそれで勘弁してくださいもう本当お願いします今月留作達とパフェ食いに行く約束してるんですせめて作には奢ってやりたいの先輩として」

一気に腰を低くした兎(阿波)の姿に、周囲は思わず涙を流す。讃岐も、いつしか泣いていた。もう止めて、お腹痛い。今皆の心は一つになったのだ。近江を除いて。

「…はぁ、まぁ、冗談のつもりやったんやけどね」
「ちょ、おま、俺をこんだけ悩ませて冗談とかくぁwせdrftgyふじこlp;@:」
「日本語を喋りな。いや兎には無理か」
「仙蔵くんもびっくりなドS!」

ぴーぴー泣き喚く兎(阿波)の姿と手元の造花を交互に見て、近江は「まぁ、これで勘弁しといたろぉか。おおきに」と笑った。
心なしか、少しだけ、嬉しそうに。





「結局あれ、なんで着ぐるみやったん?」

阿波が逃げるように走り去った後、ギャラリーも引けてようやく会計室に入った二人。讃岐は笑いすぎて腹が痛いと椅子の上で膝を抱き、気になっていた事を近江に訊ねた。
それに「そうやね…」と考えながら薔薇を見た。去り際「売るなり飾るなりあげるなり好きにせぇ阿呆ぉぉぉ!!」という捨て台詞を貰ったが、さてどうしよう。

「…ん?」
「どないした?」

花束を包んでいる薄い緑色の包装紙が、妙に膨らんでいる部分がある。硝子が擦れて傷つかないように慎重に開いた途端ころんと転がり出てきたのは、ほんのりピンクに色付いた…

「……さぁ。恥ずかしかったんとちゃう?」



いったいどういう顔で、硝子のハートなんて作ったのやら。



prev/top/next
×
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -