阿波まとめ | ナノ
吉子、綺麗やで
「おはよー」
「はよー」
「今日は天気もいいし、平和な…」
『ぴぎゃぁぁぁっ』
「…一日にはならないなぁ」
井戸端で顔を洗っていた生徒数人は、不意に響いた悲鳴にげんなりと肩を落とした。
何しろここは忍術学園。騒がしさにかけて折り紙つきであるここで朝から悲鳴だなんて、そりゃもう騒動の予感以外何を感じ取れというのだ。
さらば平和な一日。こんにちはいつも通りの一波乱。
…とまぁ、そんなげんなりした一同がそこかしこにいる中、六年は組の長屋にて侵入者が発生していた。某忍組頭?いいや、その侵入者はまるで真夏に行われる肝試しで出落ちに使われる幽霊役の様に真っ白い布を被って、ぼとっと天井から落ちてきた。
「伊作、留はいないな?」
「え、あれ?吉野先輩、ですか!?」
「そうだ」
部屋に一人でいた善法寺は布の中からかかる声に目を丸くする。
いつもより若干高めだが、それは聞き慣れた先輩の声。そして布の隙間から見える顔は、確かに阿波である。
けれど、どうしてだろう。違和感が拭えない。一瞬変装を得意とする後輩かと疑ったが、それにしては気配の消し方が上手すぎる。
「何かあったんですか?留さんならもう食堂に行っちゃったんですけど」
「ここに来る途中で見た。今日は留じゃなくて伊作に用事があるんだ」
「はぁ…僕に、ですか?」
この先輩がこんなに真剣な声で、善法寺を呼び捨てるのも珍しい。
不穏な気配を感じて背筋を正した善法寺を見て、阿波が布で判りづらいが頷いた。
「まずはこれを見てくれ…こいつをどう思う?」
「凄く…胸です…」
「だろ!?どーしよ伊作!わい吉野やのうて吉子んなってもうた!」
ばさっと布を落とし現れたのは、阿波吉野…ではなく、阿波吉子(?)だった。
いつもの灰色の忍装束の胸の部分を押し上げる膨らみを凝視して、善法寺の動きが止まる。それはそうだ。昨日まで男だった先輩がいきなり女の子になって現れたら誰だって石化する。
「ああこのままやったらわい国に帰って婿さん探さなあかん!?弟が再三養ってやるけん帰ってこい言う文寄こしてくれるんやけどその通りにしてゆくゆくは部下の誰かと結婚して一姫二太郎拵えて肝っ玉母さんにn」
「ちょ、ちょっとちょっと!落ち着いて下さい先輩!」
「はっ!あ、ああ」
「えっと、そ、それは本当に胸で…」
「ほれ」
「ぴっ」
強引に掴まれた手をそのまま胸に押し当てられて、再度固まる善法寺。純朴そうな青少年には毒な行為をさらっとやってのけた非情なる鬼は、そんな後輩に構わずここに来た本来の用事を続ける。
「で、これを早急に治す薬を作って欲しい。放っとけば明日にも治るらしいんだが、実は今日、忍務があって外に出る予定があってな。出来れば未の刻までには治っときたい」
「と、ということは原因は分かってるんですか?」
「ああ。湖滋郎が知り合いから譲られたっつう香だ」
「香…なら熱で気化する型の薬品かな……うーん、実際実物がないとどうにも出来ないですよ。他の先輩に言って代わってもらうわけにはいかないんですか?」
「他の連中、特に七尾や大地に知られるんが嫌やけん伊作に頼んどんや!こんなんなっとうとか知られてみ?
からかわれて遊ばれて人体実験されてぽい、じゃ…!」
「ひ、人の先輩相手になんて言い草を…」
「ちなみに昨日湖滋郎が同じ症状になっとったんやけどな…あいつらの目、輝いとったぞ…」
「………」
自分もちょっと興味深いと思ってました、とは言えない。しかし目を彷徨わせた善法寺に何かを感じたのか、はぁ、と溜息を吐いて阿波は何処からかさらしを取り出し、善法寺に押しつけた。
「実物は無いし、仕方がない…これで潰すの手伝ってくれ」
「えぇ!?というか忍務はどうす…ま、まさかそのまま」
「行くしかないだろうが。ほれ、女体に堂々と触るチャンスだぞ。幸運だなぁ伊作くん」
「思いっきり不運ですよ…」
がっくり肩を落とした後輩に、自棄になったように笑う阿波だった。
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