阿波まとめ | ナノ 二人の正体



休日に暇だった阿波が、美味しいと評判の蕎麦屋へ行こうと思い立ったことから事件は始まった。

「平野、蕎麦食いに行こ!美味いんやって」
「うどんじゃないなら全面却下」
「蕎麦も認めたってください!」
「却下」
「ば、ばかぁぁぁ!」

同じく暇そうにしていた讃岐に声をかけるも、目当てがうどんじゃないのですげなく断られた。それを皮切りに、見かけた奴らに次々と声をかけては断られる。委員会の用事、新薬の開発、ちょっとしたおつかいに忍務。答えを聞くたびに阿波はがっくりと肩を落とした。というか新薬の話は聞きたくなかった。これから暫くは用具の後輩に保健注意報を出そう。

ええい次だ次!これで駄目だったら留でも連れ出そう。奢りならそう文句は言わないだろう。…例え授業中であったとしても。
一歩間違えたら暴君とも言えそうなことをふつふつと考えながら歩いていたら、目の前を歩いてくる見知った姿が見えた。ちなみに現在阿波がいたのは屋根の上だが七年生的には通り道である。

「よっ、柚葉。これから蕎麦食いに行かへん?後輩に美味いって教えて貰うたんよ」
「あー吉野君や。かまんよ、行こか」
「えっ、ほんまに!?」

苦節何人目かにしてようやく得られた色好い返事に、阿波は喜色を浮かべた。伊予の気が変わらないうちに、とそのまま連れ出すことにした。幸い二人とも、変わり衣だったので。





「美味かったー」
「ほんまになぁ」

目当ての蕎麦を食べ終えて、笑顔で町を歩く二人。情報を教えてくれた用具委員会の一年は大層舌が肥えていたので信用はしていたのだが、実際食べてみてその美味しさに驚いた。

「これやったら、今日あかんかった連中連れてまた来てもええかもな」
「平野君はうどんやないと嫌がるんちゃう?」
「いや、今日はうどんな気分だっただけや。…たぶん次は…っと?」

くすくすと笑いながら角を曲がったとき、目の前に男がばっと現れた。突然の事態にしかしさっと避けた二人は、咄嗟に伊予が足を引っ掛けて転がった男を見やる。

「なんやおっさん、えらい慌てて火事かなんかか」
「吉野君、この人刃物持ってた。ほらこれ」
「あらら、そりゃ物騒や。大丈夫かおっさん、起こしたるけんな」

表面上は転げた男を助け起こすふりをしながら、阿波と伊予は目配せをし、その男をそれと分からぬように拘束して町中から外れた裏道を進んだ。長屋の影になる場所にぽっかりと空いた場所を見つけた二人は、その男を放しその前に立ち塞がる。建物が邪魔をする狭い空間、例え二人でも十分囲んだと言えよう。

「で、どういうつもりやったん?」

阿波がにこやかに聞くが、その声は低かった。
何も出会い頭に刃物を向けられたから怒っているわけではない。物盗りか人攫い程度なら番所に突き出してお終いである。それをこんな風に連行までしたのは、男が狙ったのが阿波と伊予だったからだ。
他にもそれなりに往来のあった中、迷いのない足取りで二人を狙ったのはちゃんと見ていた。
あの中でわざわざ忍たまである二人を狙ったとあれば、それは捨て置けない。この町では可愛い後輩達も普通に過ごすのだ。
ただの物盗りなら半殺し、辻斬りなら半殺しの上番所の屋根に吊るす、個人的な怨恨ならそんな気が起きなくなるまでフルボッコ、学園に向けた無差別な憎悪なら…消す。
阿波と伊予の心内を読んだのか、男は慌てた様子で後退りした。

「ち、違う、違うんだ」
「何が?」
「俺はお前達をどうにかしてくれと頼まれて」
「誰に?」
「それは…っ」

交互に聞かれ、その度にしどろもどろになっていく男。

「僕達がどんな存在かは知ってるん?」
「はっ!まさかわいらが四国四天王、四国イエローと四国グリーンやと知って…!?」
「吉野君それ覚えてたん?しかもグリーンを取るか」
「緑と青はわいのテーマカラーな気がしてな…ほなけどクールやないけんブルーは諦めた。へーに譲る。水的な意味で」
「じゃあレッドは自動的に決まりやね。で、おじさん、いい加減教えてくれへん?」
「お、お前達は忍者のたまごで、忍たまだと…」
「ほう。知っとるんか。ほんでたまご程度と侮ったわけやな」
「ぐっ…」
「で、誰に頼まれたん?」
「………」
「おっさん、早う言わんと自動的に最後の項目になるで」
「さ、さいご?」

戸惑ったような男の背中に冷やりとしたものが伝う。男の武器は今、優しげな風貌の方の子どもがにこにこと弄んでいた。
ゆっくりと近付く二人に、男はがちがちと歯を鳴らす。
簡単な仕事だから、と雇われたはずなのに、どういうことだ。どちらも笑顔であるはずなのに、漂うのはねっとりとした殺意と、まるで夜の井戸底を覗き込んだときのようなぞぞぞっとした何か。たまご程度、所詮は子どもと侮った自分を悔いるまま、男は震える声で依頼主を売り渡した。

「ああ、あっこか」
「こないだ他の二人と行ったとこやね。どうする吉野君」
「わざわざ釘刺しに行くんもなぁ…とりあえず城絡みやし、学園長に報告しよか」
「そやね。じゃあおじさんにもう用もないし…」

すっとより詰められた距離に、男がここまでかと目を閉じるより素早く二人が動いた。途端感じる、冷たさと痛み。
男は咆哮をあげた。





「…にしても、顔知っとったんはどういうこっちゃ」
「向こうにも優秀な忍がおったってことちゃう?」
「むむむ。なんぞ悔しいわ…よっしゃ柚葉、気分転換に饅頭買って帰ろ!」
「吉野君の奢り?やった、ご馳走様ー!」
「えぇぇ!?」

にこやかに町を駆ける姿は幼く、誰が見た所で彼らが忍者のたまごだとは思うはずもない、普通の子供達だった。ただ、妙に爽やかな匂いを放っていたが。





「なんや町で悪い事した奴らは『しこくいえろう』と『しこくぐりぃん』とやらに目潰しされるらしいで。蜜柑とスダチで」

後日疑惑たっぷりな目でそう告げてきた讃岐に、緩く笑う二人の姿があったそうな。



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