阿波まとめ | ナノ 忍といふもの3



「平野、たたきは」
「さっき見失なった」

阿波が木の影に隠れるように蹲っていた級友の傍に降り立つと、低く笑うような答えが返って来た。
あの日空から降って来たという「天女」は、妖術か何かを使い学園内の生徒達を骨抜きにした。鍛錬を怠り内輪揉めが増え、急速に弱体化した学園。そしてその情報は運の悪いことに、今まで虎視眈々と学園の力を狙っていた城、厄介に思っていた城の城主達に渡ってしまった。
幾ら平時は鉄壁の守りと謳われる忍術学園でも、動けるのが一部の先生と七年生のみでは部が悪い。
「それと知りながらも、出ますか」と問うたのは、担任である室町だった。話し合いの末それに「是」と応えたのが、全員であった。
こうなることは、その時から分かっていたのだ。

「吉野、学園に行け。これ以上は持つとも思えん」
「そう思うて、さっき和歌に会うたけん頼んできた」
「そりゃ用意がええ」

ざ、音を立てて隣に座り込んだ阿波が、懐から吸い筒を取り出す。
一口仰って、残りを讃岐に突き出した。

「ほれ、最後の水じゃ」
「おー、そりゃあありがたい…でもな、ちょっと無理やな」
「ほんならこうしたるけん、とりあえず飲んどけ」
「がぼっ」

吸い筒をそのまま口に突っ込まれて、苦しげな声を出す讃岐を阿波は楽しそうに見やる。そのままゆっくり筒を上げ、幾らか口から零れながらも一応最後まで飲んだのを見ると、口から引き抜いて背後に投げ捨てた。

「がっ」
「大当たり〜」
「仕込み吸い筒…なんちゅうもんで人に水飲ますねん…っ」
「外っかわに付け取るだけやけん、中身は大丈夫」

木の上から落ちた忍の首元に刺さった吸い筒を見て、げんなりと讃岐が目を伏せた。一方吸い筒の底に飛びだす刃を付けた張本人は、けろっとした顔である。

「吉野、お前やっぱり学園行け。一人やと代わりがおらん」

言外に宮比が討ち取られる可能性を示唆した讃岐の声に、阿波は一気に顔をげんなりとさせ、「ええぇ」と抗議の声を漏らす。
しかし目を伏せたままの讃岐はそれに一切取り合わず、硬い声でもう一度「行け」とだけ繰り返した。

「…へーは人使いが荒いんがあかん。こりゃ、今年は予算上げて貰わんと割にあわんわ」
「無駄な発明に割く予算はないて、毎回言っとるやろ、用具委員長」
「皆で楽しぃに騒ぐんに軍資金があって困ることはないんじゃよ、会計委員長」

軽口の応酬をしながら棍を支えに起き上がる阿波の腹は、闇に紛れて分かりにくいがぐっしょりと赤黒く塗れていた。同じようにふらふらと起き上がる讃岐も、右肩から腰にかけて、斜めにざっくりと切り傷がある。


「ほな、またな」


その傷が見えているだろうに、お互いそのことを一言も口にしないまま、阿波が消えた。
その瞬間伏せていた目をゆっくりと開いた讃岐は、周囲を取り囲む黒服の忍達を前に、左手に麺棒を構えて立ちはだかった。

「ここから先は、行かさへん」





こうなることは既に知っていた。
最後に果てるのは何処かなど、それこそ学園の門を叩いた時から薄々分かっていた。

――だって俺達は、『忍』というものを目指していたのだから。



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