おはなし | ナノ
十数えたら1
「十数えたら捕まえるから、全力で逃げてくれ。ちなみに捕まえたら食うからな」
夏真っ盛りの脳髄さえ蕩けそうな暑い日。
まさかこいつの頭が真っ先にやられるとは。
「食満くんどうした、何故逃げない。数え始めていいのか」
「え、ちょ、名前?どういうことか説明ナシかよ!?」
「十秒後、俺がお前を食べる。右親指からな。わかったか」
「どうしよう何一つ理解できない」
助けてくれ伊作。今はおつかい中の親友に心の中で助けを求める。
目の前の男は同級生でそれなりに話せる奴で友達の一人で。いつも淡々としている割に冗談にも真剣に付き合ってくれるから、同級生内での評価は高い。
そんな名前はこの炎天下、腕まくりどころか上半身裸になってまで汗水たらして働いてる俺に無表情でおかしな発言。
どういうことだおい。作兵衛が凄い目で凝視してくるんだけどどうしたらいいんだこれ。
「さてたかが十秒されど十秒。十秒あれば逃げることも隠れることもできるし眠れもするし俳句だって詠めるしチャージだって出来るわけだ。俺はあれ十秒じゃ飲めないけどね。あれを十秒内で飲める奴は凄まじい吸引力の持ち主に違いない」
「何言ってんのかさっぱりわからん!」
「安心しろ、ゆっくり数えてやるから。学園外にでも逃げるといいよ」
「それは遠まわしに学園から出て行けってことか!?」
なんなのこいつ実は俺のこと嫌ってんの!?
俺は頭を掻き毟り唸った。
…いやいや、いやいやいや。いつもの悪ふざけだよな?な!と期待を込めて口を開けば、
「ああでもわくわくするな。食満くんの肉はどんな味がするのか。いつもは善法寺くんに絶対食べちゃ駄目だって言われてるけど、今日は善法寺くんおつかいでいないから、やりたい放題だ。遂に俺の時代キタ━(゚∀゚)━!!」
「そんな時代は未来永劫来ねぇよ!無表情なのにすっげ嬉しそうな声ってどういうこと!っつか伊作!伊作ありがとう!」
「さすがの俺も彼を敵に回すことは避けたい。俺、食満くんを食べたいけど、善法寺くんに食べられたくはない。あの夜は俺のトラウマです」
「伊作何やった!」
顔を青褪めて震える姿に思わず遠くの友へ叫んでしまった。
伊作をただの不運だと思って馬鹿にする奴等は知らない、俺達は組の暗黙の了解。一番怒らせちゃいけないのは伊作、一番面白がらせてもいけないのが伊作だということを。
「まぁそれは遠い記憶の彼方へ南京錠付きで沈めるとして、食満くん、十秒数えるから」
「はぁ!?誰も納得してな」
「いーーーーーーち」
「ちょ、待っ」
「に、さん」
「いきなり早ぇ!」
畜生こうなったら逃げるしかねぇ!
聞く耳持たないことを早々に悟ると、俺は持っていた板と木槌をせめて腹いせに投げつけて木の上に飛び上がって逃げ出した。
作兵衛が「あ、先輩!やっぱり赤味噌で煮、」とか叫んでたのは気のせいだと思うことにする。どういうこった…調理方法にまで話が飛んでやがる…!
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