おはなし | ナノ
流れっぱなしの愛情3
「鉢屋、物は目に見える部分を修理すればいい。けど人はそれだけじゃないんだ」
「…何が仰りたいんですか、善法寺先輩」
「心も壊れることがあるということを、知っておきな」
伊作くんの言いたいことはなんとなく分かったが、一つ納得できない部分があった。
物も、目に見えない部分が壊れることがあると思う。
からくりの内部分とかそういう意味じゃなくて、例えば僕が伊作くんを見る度に高鳴る部分。伊作くんの唇に触れる度に熱く震える部分。こうして床に置かれた位置から、届くはずもない君を見上げて引き絞られるように痛む部分。
伊作くんの動作に一々飛んだり跳ねたりするそれは、人とどう違うのだろうか。きっと同じように壊れたりするに違いないよ。それこそさっき、この小僧と強制キッスさせられた時のように。
「ほら、そろそろお休み。僕ももう医務室を閉めるからね」
「…はいはい。ありがとーございましたー」
「お大事にー」
面倒臭そうに間延びした退出の声を出す鉢屋の真似をして声を伸ばす伊作くんは心底可愛い。というかやっと鉢屋帰ったな。長居しすぎだ。見てみろ僕の素敵な土色のボディにミルクの膜が張っちゃってんじゃないか。伊作くんがシーツ一枚張り付けてんのとは訳が違うんだぞ!というかそんなの見たら鼻血出す自信がある!湯飲みだけど!
「あらら、すっかり冷めちゃった」
困った風に伸ばされた手にふわりと握られて、そっと顔が近付いた。
いつも熱々の僕が伊作くんに熱を分けてあげるんだけど、今はひんやり冷えてしまった僕が伊作くんの柔らかい唇から僅かな温度を貰ってしまった。代わりに飲み干された元ホットミルク。新野先生が居ない夜だけ、僕と伊作くんの秘密の逢瀬。邪魔する奴は馬に蹴られて豆腐の角で頭をぶつければいいと思うんだ。主に鉢屋とか鍛錬馬鹿達とか。
「冷めても美味しいや」
「伊作くんの唇も美味しいですご馳走様ハァハァ」なんてセリフが言えたら、どうだったのかなとふと考えてしまう。……ちょっとセリフ回しが変態臭いか…?
伊作くん、君に焦がれる僕を、君は知らない。知り様がない。僕は君と見つめ合うための瞳も、触れて撫ぜるための指も、重ねて熱を分け合う唇さえ持っていないのだから。
僕は湯飲みだ。湯飲みだから君とキス出来る。でも人間だったら?僕自身の温度で、君をいつでも暖めてあげられたのかな。君に想いを打ち明けることが出来たのかな。
「寝る前に洗わなきゃね」
じゃあ今日は歯磨きの時にも使用してくれるんですねキャッホー泡まみれの伊作くんとお休みのキッス!…ごほんごほん。
昨日も今日もきっと明日も可愛い伊作くんを見て、ふと、なんだか少し怖くなった。
今はまだこのままでいたいけど…流れっぱなしのこの愛が湯飲みから溢れ出たとき、行き着く先はどこなんだろう。
それを知るのがなんだか恐ろしい、なんて。
流れっぱなしの愛情
きっとその時、僕は壊れてしまうのだろうから。
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落乱特殊夢企画「あなたの口に愛をはこぶ」さまに参加させて頂きました。
食器主とか目から鱗でした。喋れない触れられないなんという一方通行…!切ない!喋れないんだから多少セクハラっぽい考えしててもおkとか考えたのが敗因のような勝因のような。
主催の日和様、葵月様、参加させて頂きありがとうございます。
そして読んで頂いた方々、長々とお付き合いありがとうございました。レッツ食器デビュー!
おまけ→皿と鉢屋のはなし
2011/01/26
うそつき/おろく
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