おはなし | ナノ 01 春、あなたに恋をする



「三郎さま、春ですよ。桜が綺麗です」


僕の声に気付いた三郎さまが、顔を上げて窓の外を見た。
窓を覆い隠すほどの桃色は、この家のすぐ傍を陣取る大きな桜の木から伸びてきている。


「こんなに大きかったか、この木」
「ええ。懐かしいですね。昔はよく木登りしたものです」
「お前、登るだけ登っておいて降りられないとか言うしなぁ」
「そ、それは、三郎さまが『もっと上に行くぞ』って勝手に登っちゃうから…!」
「放っておけば良かったじゃないか。下で大人しく待っておけば、怖い思いもしなかっただろうに」
「それは駄目です。三郎さまお一人では行かせられません」


三郎さまは目を通していた巻物をくるりと仕舞うと、ふうと溜息を吐いて「お前は昔から頑固者だ」とそれを部屋の片隅に放った。気付けばそこには、本の小山。


「ああ!また書庫から出しっぱなしで…あーもう、これなんて折り目がついちゃってるじゃないですか」
「お前まで雷蔵みたいなことを言うなよ」
「言いたくもなります。はぁ、雷蔵さまは普段、さぞご苦労をなさっておられるのでしょうね…」
「余計な御世話だ。ほら、暇ならそれを書庫に返してきてくれ」


綴本と巻物で分けて整理していた手を止め、三郎さまを見る。この量を一人で、ですか。恨みがましい目に気付いたのか、三郎さまはバツが悪そうに手をひらひら振った。


「それが終わったら、花見に付き合ってやろう。だからそうふくれるな」
「本当ですか!?」
「ああ。私が嘘を吐いたことがあるか?」
「いつもです!」


勢いよく返って来た返答に、三郎さまはがっくりとうなだれた。自業自得である。






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