おはなし | ナノ
お役御免2
「留三郎ちゃんよォ…ほのぼの保父ってるとこ悪いんだけどね、俺も色々あるわけ。一発殴らせろ」
「断固として断る!」
留三郎は困惑した。
目の前でガンを飛ばしてくる男、名字名前は、二年になる頃編入してきて以来ずっと同じクラスで学んだ級友のはず、だった。
特に仲が悪いということもなく、それどころか伝統的なは組のトラブル体質により幾つもの騒動を共に解決してきたおかげか連携が取りやすい一人、だった。
他の六年生の様に目立った奇行に走ることもなく、年下に甘いことを除けば刀を得意とするまったくの常識人、だった。
そう、『だった』のだ。
ところがどうしたことか、今年に入ってから留三郎を睨む、罵る、校舎裏で吊るし上げようとするなど、過激な行動が目立つようになった。
「留さー」
「あー?」
「ショタコン?」
「ぜってぇ違ぇ!!それはお前だろ、下級生と見るやでろっでろに甘やかしやがって!しかも黒髪の大人しい子は特に猫可愛がりするし!」
「お前も昔は甘やかし対象だったんだがなぁ」
「 キ モ イ ! 」
ここで早々に種明かしをすると、名字名前は本来の名字を下坂部と言い、平太という弟がいた。
下坂部はとある古い血筋の分家で、名前が九つのときに本家の跡継ぎである唯一の御子が危篤に陥った。
血が絶えることを恐れた現当主は分家に降った妹の長子、つまりは名前を養子にと望んだ。
古い家では当主の言葉は絶対。名前は次の日には本家の次男となった。
幼いうちから聡かった名前は全てを理解した上で、危篤の義兄を看病し、本家の教えを受けた。
だが看病のかいあってか二年が経った頃、跡取りは奇跡の回復を見せる。
本家の跡取りは一人でいい。
余計な混乱を起こさないためにも、野心を抱く者達の餌食にされないためにも、名前は本家を出るしかなかった。
しかし下坂部に戻ることも許されない。戻るには、本家の内情や秘匿されるべき歴史を深く知り過ぎていた。
義兄と当主と共に首を捻って考えた苦肉の策は、当主の伝手を使って名前を忍術学園に送ること。名字を変え、一切の関わりを断ち生きて行くように、と。
そして名前はその日の内に名字という名字を与えられ、忍術学園に送られたのだ。
「あーあ、まさかこんなことになるなんて」
「どうした。お前のショタコンは昔からだから今更だろうが」
「俺は容易に話しかけることも許されないのに、お前はベタベタと…なあ留、今からでもくのたまに転向する気はないか」
「ねぇよ!明らかに人の股間ロックオンしながら不穏な台詞吐くんじゃねぇ!!」
顔を真っ青にした留三郎に、手にした忍刀を取り上げられてしまった。八つ当たりなのは分かっているので抵抗はしない。けれど心底忌々しいという顔でチッと舌打ちすることまでは止められないのだ。
「もー本当なんなんだお前…俺なんかしたか…?」
疲れたように溜息を吐く留三郎に、罪悪感がちらりと頭をよぎ
「俺、これから委員会の後輩達と茶屋に行く約束なんだ。話は帰ってから聞いてやるから」
らなかった。
「うぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」
「ぐわっ!?」
「一発殴らせろ!むしろ毟り取らせろぉぉぉ!!」
「何処をだ阿呆ぉぉぉ!!」
俺は即座に奪い返した忍刀を振りかざして目の前の元級友に襲いかかった。
こんな奴、友でも何でもない。敵だ。
「も・げ・ろー!!」
「あ・ほ・かー!!」
殴る蹴る服をびりびりに切り裂く(一方的)という大喧嘩は、忍術学園中に響き渡り、結局六年が総出で止めるまで続いたという。
ちなみにその後くのたま転向は免れた食満だったが、結局後輩達と団子屋に行くことは出来なかったらしい。
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